シシー

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 頭の中にいるもう一人の私はいつも幸せそうなんだ。
周りの人に大切にされて、どんなことも肯定され、欲しいものもやりたいことも全てを手に入れてやり遂げてしまう。ヒロインそのものだ。

 「かわいそうに」

 ヒロインが悲しげな表情で私の顔を覗き込む。同じ姿かたちをしているのに、なぜだかキラキラと輝いてみえた。
わらわらと集まってきた人たちはみんなヒロインに声をかけ同情し励ます。まるで私の存在などなかったかのようにヒロインにだけ群がった。
 そのうちの一人が私の腕を引っ張ってヒロインから遠ざけた。困ったような苛立っているような表情で無言のまま遠くへ遠くへ、ヒロインが見えなくなってもずっと引っ張って離さない。

 「…あそこは、あなたの場所じゃないでしょ」

 無感情な目で、声で、態度で、私の心を抉った。色々と言いたいことはあったけれど何一つ言葉にならなかった。
 私はヒロインのようになりたかったんだ。でもそれと同じくらいヒロインみたいな人間とそれに群がる人間が大嫌いなんだ。

 ドンッと背を押されてたたらを踏む。前のめりになって覗き込んだのは澄んだ湖だった。水底はみえるのにその深さはまるでわからない。きれいなのにゾッとする。

 「あなたはこんなふうになったらだめだよ」


 ――――理想は理想でしかないのだから、




                【題:理想郷】

10/31/2023, 12:25:04 PM