文月。

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「二人ぼっち」
ある教室で、男の子と二人ぼっちになったことがある。
中学生の頃の話だ。
その男の子は、私が少し気になっていた男の子だった。
放課後、夕日が差した教室で、その子はいつも通り机に突伏していた。
二人きりだった。
教室ばかりか、自分たちのいる階も、誰もいなかったと思う。
物音が何一つしなかったのだ。
私は、特に用事があるわけではなかった。
ひとしきり本を読んで、図書室から帰ろうとした時に、机の中にファイルを忘れたことを思い出したので教室に寄っただけだった。
時が止まった気分だった。
心臓の音がいやに大きかったのを今でも覚えている。
彼が寝ているのか、それとも起きているのかわからなかった。
勇気を出して、声をかけた。
「___くん?」
少しして、彼は顔をあげた。
私に目もくれず、一つ伸びをして。
そして、視線があった。
「何してるの?帰らないの?」
沈黙が怖くて、質問した。
「面倒くさい」
そう返して、彼はまた机に突伏してしまった。
「…そっか」
そう返して、でも、その空間が心地よくて。
不思議と気まずくはなかった。
持っていたリュックを横に置いて、彼の隣の机で本を読み始めた。
多分、先生が来るまでは、彼はこのままここにいるつもりなのだろう。
だから、それまでは、彼の隣にいたかった。
きっと、もう同じ空間は味わえないだろうから。
時折窓から吹く風とともにふんわりと香ってくる、彼の匂い。
夕日の差す教室で、私達は二人ぼっち。
私の片思いは一人ぼっち。
今となってはもう、二度と彼と会うことはないだろう。
ただ、あの不思議と心地よい空間は、今でも鮮明に覚えている。
ドアの開く音で。
その空間はあっけなく終わってしまったけれど。

3/21/2024, 11:40:09 AM