匿名様

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明日世界はなくなるんだって。

なんの前触れもないその言葉に、また君得意のもしも話かと軽く笑った。
指先で触れたグラスが冷たくて心地良い。君の注文したアイスティーはもう半分に減っていた。
同じことを繰り返すだけの日々だからこそ、そんなくだらない彩りは必要なのだと続ける君に同意して、話に乗る。
「もしも、そうだとしたらあなたはどうする?」
君は少し前に身を乗り出して、興味津々といった表情で首を傾げた。
「そう、そうだなぁ……。多分実感が湧かないまま、また普通に明日は来るんだって信じて寝るんじゃないかな」
「夢がないね」
まるでその答えが来ることを知っていたように目を細める君。
だっていつだか話題になった世界滅亡の予言だって結局嘘っぱちだったんだ。今回もそうかもしれない。
それに、どうせ世界がなくなるのなら夢なんてあっても仕方ないじゃないか。きっと夢のひとつでも叶えたら、実行に移せなかった夢がひとつ、またひとつと浮かんで止まなくなる。予め知ってしまった最後を未練ばかりに埋もれて迎えるのは、宝の持ち腐れというものだろう。かといって自分の返答がその知識を活かしきれているかと問われれば、何も言えないのだけれど。
「なら君は?」
空想を見て、いつも世界を楽しく生きようとする君なら、きっとさぞ夢のある答えを返すのだろう。そんな意味を込めながらその丸い目を見つめ返せば、君は随分丸くなった氷をからからとストローで混ぜた。その目は外から射し込む光をめいっぱいに受け入れて輝いている。君は少しだけ考える間をとってから、勿体ぶるように口を開いた。
「あたしはねぇ、告白でもしたいな」
「告白? なんでまた」
「臆病だから。そんくらいでっかいきっかけでもないと動けないの」
あと、なんかドラマチックでしょ。そう言って何故か得意げな顔をした君は、またアイスティーをひと口飲んだ。
臆病者なら世界の終わりという事実に怯えて行動を起こすどころではないのではとも思ったが、所詮はもしもの話なので、君をそのまま理想に浸らせてやることにする。告白する前には教えてよ、応援してあげるからさ、なんて軽口をたたいた。
「あとは、あとはー。好きなもの食べて、また明日、って言いたい」
「明日がないって知ってるのに?」
「知ってるのに」
やっぱり君の感性は自分のものとは大きく離れているようだった。君はどこまでも劇的なシチュエーションを追い求める主義らしい。自分はそれを自身であらわすタイプではないものの、君の話す非現実は好きだった。だから、願うならば世界最後の前日も、こうして君とどうでもいいもしもの話でもしたい。
何だか照れくさくて、それを本人に伝えることはなかったが。
窓から見た陽は傾いている。テーブルの上には空のグラスが二つ。話もひと区切りついたところで、そろそろ帰ろうかと席を立った。

「じゃあね、また明日」
別れ際、手を振った君の表情は逆光で見えなかった。


【明日世界がなくなるとしたら、何を願おう】

5/6/2023, 3:56:15 PM