勿忘草。花言葉は、「真実の愛」「誠の愛」
それから「私を忘れないで」だ。
初めて見た時、えらく控えめな花の癖に重たい愛を望んでいるなぁと思った。人は忘れゆく生き物だ。懐かしい、と思う程深く遠くで忘れてしまう。いつかの旅出を共にして、どこかの海辺へ流して一人立ち直り、新しく出会い生きた者と進み行く。
それなのに、忘れないでだなんて、大層な重い思いなことで。
俺は、人に執着しない。嫉妬も勿論しない。
人は変わりゆく生き物だからだ。
幾ら俺が望んでも、人は変わっていく。
呆気なく、手のひらで掬った砂のようにサラサラと隙間から零れていくように、俺がどれだけ囲っても、縋っても変わるものは変わる。
嫉妬も執着もしない。できない、が正しいのだろうか。
でもまあ寧ろ、俺以外と幸せになってくれるなら、大満足だ。
俺なんかじゃ、幸せに出来ないってことは最初から分かってたから。
「幸せになりたいよ」
そう零すお前は、相も変わらず薄っぺらい身体をしていた。
白く細長い手には何本もの管が繋がっているのが見えて、俺はただ座ってお前の手を撫でる。
何も出来ないのだ。俺には、何も。
「お前の、幸せって何」
酷い言葉かもしれない。けれど、本当に俺には分からないのだ。
「あはは、酷いなぁ。何度も言っているじゃないか。君に、愛されることだよ」
「またそれか」
「またそれかっていうか、これだけしかないっていうか」
はぁ。
俺の溜息に、ピクリと肩を揺らしたのが見える。細い指が、俺に触れようとするから、思わず「止めてくれ」と呟いた。
「ごめん……」
「……俺は、恋愛感情が分からないんだ」
「うん。知ってるよ。恋愛に関する感情や記憶が無くなる病気でしょう」
「あぁ。まだ、治療方法が見つかってないんだ。だから、見つかるまで、待ってくれないか」
「はは、私の肺炎がこれ以上酷くなる前にお願いするね」
態とらしくコホコホ、と軽い咳をしてみせて微笑んだ。
それが、最期に見たお前の、笑みだった。
今、俺の手の中にあるのは、多分お前が吐いた花。
肺炎で苦しい中花吐き病にかかれば、体への負担は相当あったハズなのに、気付かなかった俺が許せない。
「勿忘草」だなんて、重い思いを置いていきやがって、って文句を言ってやりたくなった。
けど、もう、お前は居ない。
こんな小さな花を置いて、どっか行っちまった。
あぁ、いや。俺が、殺したんだろうか。
お前の幸せになれなかったから、お前を幸せに出来なかったから。
ゴホッ……
いきなり体が地面に引き寄せられたように重くなった。と、同時にとてつもない吐き気に襲われる。
胃から迫り上がる何か。
喉に近づくにつれ、形になっていくのが分かった。
あ、吐く。
我慢する余裕すらなく、喉を通り、口を抜け、床にボトボトと、何かが落ちていく。
それを見て、目を見開いた。
「なぁんだ……。俺も大概、お前が好きだったってか」
俺が吐いたのが、お前と同じ名前を持つ「紫苑」だなんて、皮肉なもんだな、全く。
───────
恋愛感情消失病(適当〜な創作奇病)の唯一の治療方法は、別の奇病にかかること。
花吐き病は、吐かれた花に接触して感染する。
片思いを拗らせると発症する訳で、お前は俺のことが好き。で、俺も実はお前が好き。
俺は恋愛感情に関連するものが無くなるから、気付かないのよ。でも、最後、お前の最期の花に触れて感染。
無事に恋愛感情消失病は治るのね〜Happy〜!
はは、でも好きな御相手はもうこの世には居ないよ。
恋をして花を吐き、実らなければ死に至る病。
存在すれば美しくも残酷でしょうね。きっと。
私は、花を吐くことはないと思いますが、吐くのなら美しい花を吐きたいものですねぇ。
2/2/2024, 3:24:42 PM