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『もう泣かないけれど』

 小さい頃は、同年代の子と比べても体が華奢で小さくて、些細なことにも怯えるくらいに気弱な少年だった。幼馴染の女の子の背に隠れては、その子の袖を握って後ろをついて回っていた。いつだって優しく庇ってくれるその子を、好きになるのは時間の問題だった。
 やがて成長期を経て、背が伸びて筋肉も付き、人見知りだってずいぶん治った。お世辞や建前もそれなりに上手くなって、社交界でもある程度の地位を築いた。その頃になると、まるで手のひらを返すように周囲の態度が様変わりしていることには嫌でも気付いた。かつてのいじめっ子たちは、男はごまでもするようにへりくだり、女は媚びるように猫撫で声で話しかけてくる。吐き気がするような性根の人間ばかりの中で、あの子だけはずっと変わらなかった。幼い頃と、そりゃあ節度は違うけれど、いつだって優しく迎えてくれる。彼女の前でだけは、肩の力を抜いて素の自分でいられた。
 だから、その場所を失うのが怖くて。昔みたいに涙を浮かべたりはしないけれど、もう少しも怖くない犬や雷が苦手なフリをして、理由をつけては彼女のもとを訪れる。呆れながらも笑って受け入れてくれる彼女は、こんなに汚い僕の性根も笑ってくれるだろうか?
 まっすぐ愛を伝えるには、僕はやっぱり臆病すぎて。今日も、彼女の優しさに縋ってばかりいる。

3/17/2023, 10:42:41 AM