はるさめ

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「…何これ?」

肌を突き刺すような冬の寒さにも慣れてきた頃、遠く離れた異国の地に住む彼から荷物が届いた。

急いで暖房をつけ、暖まってきた部屋の中でココアを飲みながら割と大きさのあるそれを開けてみる。
中に入っていたのはカレンダーのように数字が書かれた箱。
しかし数字はカレンダーと違って24までしか無くて、おや?と首を傾げた。

箱を持ち上げあちこち見ていると、シンプルな便箋がひらりと落ちる。
便箋を開くと、少し不器用な懐かしい字がつらつらと綴られていた。



ふむ。彼からの手紙を読む限り、送られてきた荷物はアドベントカレンダーというものらしい。
今年のクリスマスも帰れそうにないから、せめてクリスマスまで楽しく過ごしてほしいとの彼の想いが詰まった品だった。

「…別に今さら気にしないのにね」

海外に転勤もあるような忙しい職についている彼を選んだのは私だし、一緒に居られる時間が少ないことにも慣れてしまった私には、彼がそうやって気にかけてくれるだけで十分だった。

…嘘。本当は期待していた。

高校1年生のクリスマスイブに付き合い始めた私達は、今年でもう10年の付き合いになる。
周りの環境が巡るましく変わっていく中、お互いを選ぶ気持ちだけは変わらず、気づけばもう25歳を過ぎていた。
周りの人がどんどん結婚し、子どもを産んでいく中で、私はこの気楽な関係で良いんだなんて言っていたけれど、少しずつ焦りが生まれていたのは事実だった。

…彼は私のことをどう思っているんだろう。
私は彼との将来を考えた時に、結婚という文字がよぎらないことは無かったけれど、2人の間でそういう話が出たことは一度もない。

「…どうせならクリスマスプレゼントはプロポーズが良かったよ」

でも、結婚したいのが自分だけなら意味無いもんね。と、無理やり自分を納得させながらアドベントカレンダーを玄関の棚に飾った。

11月30日、クリスマスイブまであと24日。





今日も帰ってきてすぐ、カレンダーの小さな窓を開ける。これが届いてから10日も過ぎる頃には、カレンダーを開くのはもう習慣のようになっていた。

1日目は小さなチョコレート。
2日目はクッキー。
3日目はキャラメル。
4日目は洋酒入りのチョコレート。
5日目はシンプルなリング。
6日目はキャンディー。
7日目はチョコチップクッキー。
8日目はマドレーヌ。
9日目はマカロン。
10日目は綺麗なネックレス。
11日目は星の形のキャラメル。
12日目はマシュマロ。
13日目はくまの形のキャンディー。
14日目はフィナンシェ。
15日目はスノーボールクッキー。
16日目は星座のモチーフが付いたブックマーカー。
17日目はバレッタ。
18日目はカヌレ。
19日目はバウムクーヘン。
20日目はピアス。
21日目はスワロフスキーのネックレス。
22日目はペンダント。
23日目はブレスレット。

そして今日は24日目の窓を開く。

が、その中には何も入っていなかった。
落ちちゃったのかな?と思いながら少しだけ肩を落とす。
何だかんだカレンダーを開くこの日々は私にとって楽しみになっていて、会えない彼の私への想いを確認する作業のようにもなっていた。
だからこそ、楽しみにしていた1番最後に何も無いのは寂しくて。

私は靴を脱ぎ、服もそのままにソファーへ身を投げた。
帰る途中で見かけた何組ものカップルも、美味しそうなケーキも、光り輝くイルミネーションも何ともなかったのに。たったひとつ、カレンダーに何も無かったことが私の心を決壊させた。

「…なんで、なんでいないの。今日は記念日じゃん、ばか…」

堪えていた涙がぽろりとソファーに落ちた時、インターホンが音を立てた。

こんな日に、誰が?と思いながら画面を確認し、思わず目を見開く。
そこに映っていたのは、今いちばん会いたいと思っていた人だった。

慌てて涙を拭い、勢いよく玄関の扉を開ける。


「…っなんで、」

「なんでって、今日は記念日じゃん」


そう彼は笑いながら私のことを優しく抱き締めた。


「…絶対今年も来ないと思ってた」

「うん、毎年ごめんね。でも今年は何としてでも帰りたくてさ」

めちゃくちゃ頑張ったんだよ。そう言いながら、彼は私の涙を拭ってくれた。




しばらく玄関でお互いの体温を分け合った後、
彼はおもむろに身体を離して、

「目を閉じて、左手出してくれる?」

と言った。

私は首を傾げたまま、言われる通りにする。

しばらくして、薬指付近にひんやりとした感触があり驚いて目を開くと、そこにあったのはきらきらと光を放つ綺麗な指輪だった。
思わず彼の顔を見つめてしまう。

「ずっと待たせてごめんね。春にはこっちに戻れることになってさ。言うなら今かなって思って」

「…これは、そういうこと?」

「…うん、僕と結婚してくれますか?」

ずっとずっと待ち望んでいた言葉に涙が溢れ、私は彼に勢いよく抱きついた。

「…よろしくお願いします…!」


アドベントカレンダーの24日目の窓に入っていたのは、クリスマスプレゼントにと願ったプロポーズだった。

9/11/2023, 12:53:10 PM