十年前、息子のバンが村を出た。
冒険者になるためだ。
息子が昔から冒険者に憧れていることは知ってた。
『ダンジョンに潜って大もうけして、お母さんと弟たちをを楽にしたい』といつも言っていた。
その気持ちは嬉しかったし、それが子供の語る夢の間なら良かった。
けれど、バンが10歳の誕生日の日、冒険者になりたいと言った。
私は猛反対した。
バンの父親も冒険者だった。
けれど『金を稼いでくる』とどこかへ行ったまま帰ってこなかったからだ。
あの人は、もう遠い記憶の中にしかいない。
だから私はバンだけは失うまいと、必死に説得を試みた。
『お金より大事なものがある』『家族とお金、どっちが大事なの?』と……
でも逆効果だった。
私とバンは大げんか。
バンは、前もって用意していたバッグを持って、そのまま出ていった。
あの時の事を悔やんでも悔やみきれない。
ちゃんと話を聞いてあげれば、あるいは大人になってからと説得すれば、もしかしたらそのまま側にいてくれたかもしれないのに……
けれど内心すぐに戻ってくるだろうとも思っていた。
だけど、一日、一週間、一か月、一年……
いつまで経っても帰ってこなかった……
はもはや死んだものと覚悟した。
けれど、バンが村を出て二年後のある日、お金と共に手紙が届いた。
バンだった。
手紙の内容は、冒険者家業がうまくいっていることが書かれていた。
私は安心すると共に、バンが未だに危険な冒険者を続けていることに不安でいっぱいになった。
私は返事を書くことにした。
けれど、どんなことを書けばいいのだろうか?
村には戻ってきて欲しい。
けれど、息子のうまくいっている事、夢を邪魔していいのだろうかと……
もし手紙で『戻ってこい』と書こうものなら、今度こそ本当にバンが私の元から離れてしまうかもしれないと思った。
私は悩み抜いた末、取り留めのない事を書いて出した。
村や家族の近況、夢を応援している事、いつでも帰ってきていいという事。
それが精いっぱいで、『今すぐ顔を見たい』なんて、書けなかった。
その後も手紙のやり取りは続いた。
バンが送ってくれるお金のおかげで生活は楽になったけど、バンは一向に帰ってくる気配はない。
喧嘩の事を気にしているかと思い、それとなく気にしていないことを伝えたが、それでも帰ってくることは無かった。
だけど数カ月前、バンは突然村に帰って来た。
恋人のクレアちゃんを伴って。
『もしかして恋人と一緒にこの村に住んでくれるのかしら』と胸が高鳴ったけれど、すぐにその気持ちは霧散した。
バンが何かに怯えているのだ。
表面上は平静を装っているが、心に傷を負っていることは明白だった。
一緒にやって来たクレアちゃんによると、ダンジョンで酷い目に会ったらしい。
それがトラウマになり、バンはダンジョンに潜れなくなった。
その時、バンとクレアちゃんは出逢ったと言っていた。
難しい事は分からないけれど、バンが二度と冒険に出ないことにホッとした。
少しだけ罪悪感はあるけれど、バンがずっと側にいてくれる以上に嬉しい事は無い。
そう思っていた。
バンが村で過ごすうちに、息子の状態は良くなっていった。
のんびりした村の生活は、バンの心を癒していったらしい。
それは純粋に嬉しかった。
息子が暗い顔をしているのを見るのは、とても胸が痛むからだ。
けれど少し前から、バンの顔つきに変化があった。
まさかと思いつつも、バンはどんどんあの時――十年前のあの日、バンが村を出ていったときの顔になっていく。
『息子はまた村を出て、冒険に出る』
始めはぼんやりとした予感だったが、時が経つにつれ確信へと変わっていった。
そのことを指摘すると、バンは驚いた顔をして『なんで分かった?』といった。
我が息子ながら抜けた質問だと思う。
ブランクがあるとはいえ、バンの母親だって言うのに。
その時バンに約束させた。
『ちゃんと帰ってくること』。
当たり前と言えば当たり前のことだけど、バンは十年間帰ってこなかったので、約束させるのは当然のことだ。
本当は、バンに行ってほしくない。
けれど、どんなにお願いしてもバンは行くのだろう。
多分、この子には冒険者という生き方しかできないのだ。
帰ってこなかった、バンの父親の様に……
不安はある。
冒険者はいつ死ぬか分からない、危険と隣り合わせの職業。
だから約束させた。
絶対に帰ってくることを。
バンとの思い出を、遠い記憶としないために。
7/18/2024, 12:24:45 PM