谷間のクマ

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《美しい》

※昨日の続き(のつもり)

『この世界は、美しいと思いますか?』
 授業の一環で聞かされた講演会の講師の問いかけに、俺、齋藤蒼戒は馬鹿げた問いかけだと本気で思った。
 そもそも美しいとはなんなのか、そこを定義することから始めるべきだと思う。視覚的なことなのか、精神的なことなのか。そこでかなり変わってくると思う。
 視覚的なことだとしたら、答えはYesだ。天望公園の桜やふと見上げた青空は綺麗だし、美しいと思う。
 しかし精神的なことだとしたら、答えは絶対にNoだ。世界は広くて、残酷だ。この世界は綺麗でも美しくもなくて、ただただ醜いだけだ。そんなこと、身をもってわかっている。
 と、ここまで考えたところで視界の端に春輝が体育館を抜け出そうとしているのが見えた。
 大方、この訳の分からない講演に嫌気が差した、というところだろう。いつもは明るい顔をしているあいつが驚くほど暗い顔をしているのは心配だが。
「……紅野、ここ任せていいか。春輝を追いかけてくる」
 俺はちょうど隣に座っている紅野に小声で言う。
「ああ、ハル今出て行きましたもんね……。僕が行きます。蒼戒くんはここにいてください」
「なぜだ?」
「あんな暗い顔、君には見られたくないでしょうから。あいつ、変なところで意地っ張りなので」
「そういうものだろうか……」
「君の前では明るくいたいというハルなりのプライドがあるみたいです」
「そんなこと気にしなくていいのに……」
「それはごもっともなんですが……。まあとにかく、今君が行っても逆効果だと思うんで」
「そうか……。じゃあ頼んだ」
「お任せください」
 紅野はしっかりと頷いて体育館を出ていく。後ろの方に座っていてよかった。
 それはそうと、俺は講演に意識を戻す。なるほど、春輝が抜け出したくなるのも納得の、なんとも言えないくだらない話だ。
 世界は美しいのか。この問いはどうやら精神的なことを言っているようで、今度は性善説の話になっている。
 しっかしそうだとしたら答えは分かりきってるんだよな……。
 戦争、裏金、殺人事件、増税、米不足。これだけのことが起こっているのにどうして世界は美しいと言えるのだろうか。いや、俺は絶対に言えない。
 それにもし仮に世界が美しかったら、姉さんは死なずに済んだはずだ。あの人は俺たち双子を、世界の闇から守って死んだのだから。
 ああ、最悪の気分だ。世界が美しいだなんて、反吐が出る。春輝が抜け出したくなる気持ちがよくわかる。
 まあいい。どうせあとで感想を書かねばならないのだから、適当に聞き流しつつ感想は定型分で書くことにする。
(おわり)

2025.6.10《美しい》
やっぱめちゃくちゃだ……消そうかな……

6/10/2025, 5:00:28 PM