秋埜

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 物心つくより以前から、女は旅の空にあった。街から街へと渡り歩き、歌や踊りを披露することもあれば、鋳かけ屋の真似事もした。稼いだ金は次の旅の資金だ。旅暮らしは性に合ってもいたし、今更他の生き方ができようとも思っていない。
 草を枕に星の真下で眠ることもあれば、気が向けば誰かの寝床に潜りこむこともある。共寝の駄賃に金銭を受け取ったことはない。女は誇り高くあった。
 燃えるような恋を一度だけした。没落した貴族の娘だった。笑うと木の花の咲きこぼれるような娘だった。滅多に笑うことはなかったけれど。
 娘は何もかもを諦めきっていて、女が差し伸べた手も決して取ろうとはしなかった。
『どこへ行こうとも、私の居る場所が常に“ここ”になってしまうのだわ。貴女、私にせめて憧れる自由をちょうだい』
 女の与えた自由を携え、娘は顔も知らない許嫁の元に嫁いで行った。
 女は今日も旅の空にある。古い恋のため、遠い憧れのため、ここではないどこかであり続ける。 

4/16/2023, 12:24:03 PM