NoN

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 口に入れると、しゃくっという音と一緒に口の中に果汁が広がる。口触りはりんごよりもずいぶん水っぽくさらさらしているのに、りんごよりいっそう強く香って喉奥に消えていく。果実は、驚くことに2、3度ほど噛むだけで形がなくなって、たちまちすべてジュースになってしまう。
 まるで雪だ。梨を食べていると、小さい頃、近所の垣根の上に積もった雪を集めて頬張っていたことを思い出す。せっかくふわふわしていたのに、素手で固めたせいでざらざらに固まってしまった雪。それでも、口に入れるとしゃく、と軽い音がして、すぐに溶けて喉を伝っていった感触。梨と違って無味なのに、踏み荒らされていない雪だまりを見つけては飽きずに口に入れていた。当時の私は雪は白ければすべて綺麗だという衛生観念で生きていたし、冬にどれだけ体内に冷たいものを入れようが身体は芯から暖かかった。
 梨を食いながら外を眺める。屋外は雨だ。私の住む地域はこれからどんどん雨が多くなって、やがて雪が降る。
 食べ終わった皿をシンクに下げた。梨を食ったことで少し下がった体温を誤魔化すように手を摩る。立ち上がったついでに茶でも淹れようか。

 随分寒くなった。


(梨)

10/14/2025, 4:58:16 PM