シャイロック

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未来への鍵

 僕の左手は、拳のまま開かない。両親によると生まれたときからそうだった。だから、利き手の右手だけでなんでも出来ていた。不便も感じない。
 小学校、中学校時代は、からかう奴もいた。物を隠すとか壊すとか、陰湿なイジメではなかったので、かろうじて耐えられた。幸い、成績は常に良かったので、一目置かれていたのもあるだろう。
 高校もトップクラスの進学校に入った。その頃、両親は僕の左手が使えるように、手術することを検討していた。レントゲンで見ると、指5本分の骨がちゃんとあるそうで、手の皮膚を切開して5本にし、お尻の皮膚を移植して、訓練すれば人並みに使えるようになる。ただ、爪は生えないので、ちょっと異様な手になるが、左手も使えると出来ることが広がるよと、医師から言われたので決心した。
 左手も使える世界が、自分の中では想像し難いが、他の人たちがやっているようになるんだと思ったので、手術を承諾した。
 半日以上かかった手術のあと、目が覚めると左手は拳ではなく開いた状態で包帯が巻かれていた。まだ動かせないし動かせる気がしない。でも、もう拳ではない。
 夏休みの間ずっと、リハビリだった。動くことを長らくしなかった指たちは、開かれて独立しても動き方を知らない。それを1本1本、神経との繋がりを意識させ、動かしていく訓練だ。痛くはないが長い道のりだった。
 両手が使えるようになったのを生かして、僕は今、歯科医をしている。細かい仕事をするにつけ、左手も使える喜びを感じるからだ。
 あの手術が、僕の未来への鍵だったのだ。
 

1/11/2025, 2:32:14 AM