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モノクロ


無彩色の世界は美しいと思わないか?
光と影が際立ち、沈黙が支配している静謐な世界だ。

友人の言葉に、それはどこか死を思わせる世界だと思ったが僕は口には出さなかった。
友人がモノクロ世界に取り憑かれたのは、カメラを趣味にしてからだった。カメラを始めたばかりの頃は色鮮やかな写真も撮っていたが、最近ずっと彼はモノクロ写真ばかり撮っている。
確かに、モノクロは美しい。
白と黒で構成された美しさは、現実から切り離されたストイックな魅力がある。
沈黙さえ映し出しているような余白、静かな濃淡だけの世界。かと思えば強いコントラストに縁取られ、何気ないショットでも決定的な一瞬を切り取ったかのようにドラマティックにする。

つまり、まさにそれがモノクロ写真は解釈的ということなんだ、と友人は続けた。カラー写真が記述的であるのに対し、モノクロ写真は解釈的──これは写真家の間では知られた言葉らしい。
色彩が削ぎ落とされているからこそ、光や影、構図や質感から写真に何が映し出されているか読み取ろうとする。モノクロ世界に向き合うとき、人は知らず知らずのうちに深い思考と想像力の中に降りていくんだ、そう友人は言った。
なるほど、思考と想像力か。と僕は思わず呟いた。
それに、と友人は言った。色は意味を持ちすぎるんだよ。無彩色の方が安心する。

……だから君はモノクロばかり撮るのかい?現実は色に溢れている。
僕の問いに友人は、しばらく考え込んで何も答えなかった。


あの時の会話をよく覚えている。今日は君の個展だ。すごいじゃないか、おめでとう、君の初個展の開催を祝わせてくれ。友人として誇らしいよ。たくさんの人が集まって君の撮ったモノクロの世界に魅了されている。君もいたらよかったのに。
人々は一つ一つの写真の前を長い時間をかけて、ゆっくりと鑑賞するんだ。きっとそれぞれ内的感性を集中させているんだろう、モノクロ写真は解釈的ってやつかな。

後悔していることがある。
あの時君に伝えたらよかった。
君が白と黒の明暗だけで映し撮った世界に、僕も不思議な安らぎを覚える一人なのだと。あの静かな世界に浸っていたかった。
君は本当に色を欠いた世界に行ってしまった、たった一人で。無彩色の余白に、僕を漂わせたままで。


9/29/2025, 3:43:27 PM