もんぷ

Open App

記憶

 記憶力が良いというのは大変だ。私は人よりも長期記憶が発達しているらしく、昔の出来事でも昨日のことのようにその思い出を取り出すことができる。小学生の頃にみんなで一緒に帰った時の他愛もない話、休み時間に読んでいた本の重さ、おじいちゃん家に寄った時の畳の匂いなど、細かい懐かしいことをたくさん覚えている。記憶力が良いおかげで祖父と会えなくなった今でも鮮明に優しい声と和やかな時間を思い出すことができることはすごく恵まれていると思うが、反対に悪い記憶もずっとつきまとう。自分の名前をからかわれて息が苦しくなったあの感覚、運動ができなくて逃げ出した体育の時間、得意じゃなかったコッペパンの味、きつく叱られて涙で滲んだ視界。そんな嫌なことばかり思い出してはなんとも言えない気持ちになる。
 空気を切るような泣き叫び声で不意に現実に引き戻された。まだ一歳にも満たない娘をあやし、眠りについたのを見て優しくベッドに下ろす。自分はもう親なのにいつまで子ども時代の負の感情を持ち続けなければならないのだろうか。もっと歳を重ねてボケてくるまでは忘れられないのだろうか。自分の名前のようにからかわれないように、自分みたいにならないようにと気にして何度も考え直した末に名前をつけた我が娘はさっきまで泣いていたのが嘘のようにすうすう眠りこけている。この子のこれからの記憶が良いものばかりで埋まりますように。それが私ののぞみ。願いながら布団に吸い込まれるように倒れ込んだ。

3/26/2025, 6:24:27 AM