ずい

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『好きな本』

背表紙が緑色の本を見ると思い出す。
近くの本を取りにきた彼のことを。背伸びして取ろうとした私を助けてくれた。
横から伸びてきた腕は長くて、近づいた体からは汗の臭いがした。

「せんせー、さようならあ」
「はい。さようなら」

本好きが高じて図書館司書になった。
十分くらい歩いたところに小学校があるため、利用者は小学生が多い。昼間は大人も訪れる。
小さかった頃と違って今はすべてデジタルだ。
セルフレジで買い物をするように最初に利用者カードを通して借りる本のバーコードを読み取る。
小さなカードに名前を書くことは、もうなくなった。

彼と出会い、時々話をしていた頃は名前を書いていた。
クラスと名前が知りたくて同じ本を借りたこともあった。好きな本の傾向が似ていたこともあるけれど。
でも名前が多くて特定はできなかった。
中学二年のとき、卒業生の中に彼を見かけるまで、ひとつ年上だってことも知らなかった。

胸に残ったのは緑色の背表紙。
カタカナが入っていたような気がするものの、仕事でたくさんの本に触れるうちにおぼろげになってしまった。
彼のことも、好きな本も。
色を頼りに今日も淡い期待を胸に書架へ向かうのだった。

6/15/2024, 2:25:37 PM