美琳

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「この風景、見たことがある」
秋の日の夕方、母のお見舞いの帰り道、兄がつぶやいた。

兄の視線の先には、夕焼けと、川と、群生するススキがあった。とても綺麗だった。

80歳になる母は、この夏から、川の近くにある老人ホームにいる。

「見たことがあるって?」と、私。
「いつだったかな?」と、兄はしばらく考えていた。

「確か幼稚園の頃、お母さんと来たんだよね。ススキと夕焼けがとても綺麗で、あれはどこだったのかなって、思い出すたびに考えていたんだ。たぶんここだったんじゃないかな」

初めて聞く話だ。私は前から疑問に思っていたことを訊ねた。
「ここって、実家から遠いよね。お兄ちゃんと私の家からも近くないし。でも、お母さんがここがいいって…。何か理由があるのかなと思ってたんだよね。思い出の場所とか?」

「僕は、何度か来てると思う。小学校に入ってから、来なくなったんだ。ちょうど、香澄が生まれた頃かな」
私と兄は、7歳離れている。なんで母は、ここに来ていたんだろう。そして、なぜこの場所を終の住処に選んだんだろう。それは、兄も知らないようだった。

次に母と会った時に、それとなく聞いてみようか。
今まで、母の若い頃の話なんて、聞こうと思わなかったし、母も話したがらなかった。

母の人生を、急に知りたくなった。

11/11/2023, 9:02:37 AM