よあけ。

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お題:鳥かご

 君は鳥かごが似合う。必ず。
 首を傾げて、差し込む光に照らされ艶めく髪。ふわりふわりと風で服の裾が揺れていて、今にもその青空へ飛び去ってしまいそうだ。君は人気者。君は自由。
「一緒に座りませんか」
 ――今だけはその目、僕を見ているんだ。

 図書室の本を整理しようと扉を開ければ珍しく先客がいた。窓辺に設置された椅子に座っている彼は柔らかな陽光に包まれている。ゆったりとページをめくって優雅に本を読んでいるようだ。今日は天気がいい。青空を視界の端に見ながら読書をするのはとても心地良いだろう。
「あれ、図書委員は今日お仕事かい?」
「こんにちは。今日は仕事じゃないんですけど、時間のあるときにやっておこうかなぁと思いまして」
 お邪魔してすみませんと言えば彼は大丈夫だよと微笑んで本を閉じ立ち上がった。どうやら手伝ってくれるらしい。
「バラバラになった本を順番に並べ変えて、それから……あった、これです。この紙に本の有無を記入していくんです」
「お安い御用だよ」
「助かります」
 コトンコトンという本の音と柔らかな陽光に自分以外の息づかい、穏やかな空気に包まれている。今日彼がここに居て良かった。
 同じ本棚についたとき、彼はこちらを見て唐突に言った。
「君は鳥かごが似合いそうだね」
「鳥かご?」
 とても嬉しそうな顔をしているものだからそんなに似合いそうですかと問いかけた。彼は満足そうに頷き「うん。とても」と目尻を下げる。
「俺、そんなに弱っちく見えますかね〜」
「弱いだって?」
 コトン、スー、コトン、コトン。この本は表紙が弱っている。
「ええ。だって鳥かごに入ってる鳥は捕まってるわけじゃないですか」
「うん、そうだね」
 コトン、ス、コトン、コトン。ここの棚は滑りが悪い。
「餌に仕掛けられた罠に掛かって捕まったんですよね。だから、小さくて弱いのかなぁって」
 コトン、コトン、コトン。この本はシリーズ物なのに2巻目が足りない。
「ねえ、鳥を飼う時、君は野生の鳥を捕まえるの?」
 本棚に入れようとしていた本を中途半端に止めて彼を見上げた。とても真剣な眼差しだった。
「そんなわけないじゃないですか。法律違反ですよ〜? 買うんですからペットショップに行きます」
「そう、綺麗に飼われた鳥を買いにいく。それから鳥かごに入れる」
「あれ、じゃあ俺、おぼっちゃまとかに見えてるんですか」
「ふふ、確かに君は世間知らずの箱入りおぼっちゃまだ。鳥かごに入れて、お世話をして、美しい羽を保たせて、それから毎日眺めて君を見つめるのはさぞ満たされるだろうね」
 コトン、コトンと、彼は順調に本を入れ始める。
「なんだか褒めてもらってる気分です」
「君が綺麗なのは事実だよ」
「だから鳥かごが似合うって思ったんですね」
「決して弱いだなんて思っていないよ。君を見下しているように聞こえた?」
「いえいえ! そんなことありません」
「そうかい?」
「優しく丁寧にお世話して飼うっていうのもありますもんね。鳥かごのイメージが、拘束とか捕獲とか、そういう過激なイメージがあっただけです」
 コトン。抱えていた最後の一冊を入れた。
「少し休憩にしましょうか」
 随分埃っぽくなった部屋の換気をしようと窓を開けると、ぶわっと強い風が教室に吹き込んでくる。心地良い。陽の光も、青い空も。
 風が気持ちいいですよ、と声をかけようとしてやめた。彼はさっきの場所で立ち止まったままだ。

「……間違ってないよ」

(彼は何か言っただろうか)

「僕は欲しいものはどんな手を使ってでも手に入れる口だ。それこそ野鳥を捕獲するのが違反だとしても。自由に羽ばたけるその羽をもぎ取ってでも、僕は欲しい」

(彼が鳥を飼ったら、頬杖をついて、うっとり眺めるんでしょうか。ちょうど今みたいな目で)

「お世話をして可愛がるだけの生温いものなんて満足できない。拘束して捕獲して、鳥かごに閉じ込めて、一生檻の中で飼い殺すくらいじゃないと」

(あ、今、いいアイディアが思い浮かんだんでしょうか。とても楽しそうな顔……こんなに遠い)

「一緒に座りませんか」
 今度こそ声をかけると彼は一等優しく微笑んだ。

7/26/2023, 9:46:13 AM