さて、死んでしまったわけだが。
突然こんなことを言われても困るだろう。だが、事実は事実なのだ。俺は死んだ、らしい。自覚は薄いが、自分の葬式に立ち会ったのだから間違いはないだろう。
どうしたものか、と考えて、早一週間である。現実を生きる肉体はもう無いし、かといってこの霊魂だけの身でしたいことも思いつかない。ものにも触れられないし、誰からも見られないのだ。邪な考えを持てば多少の暇つぶしにはなるかもしれないが、生憎、俺にそんな趣味は無かった。
そこで、はたと一つ思いついた。俺の葬式に参列して、下手したら俺の親よりも泣いていたアイツ。奴に憑いてみれば、多少は面白いものが見られるのでは。俺は邪な考えこそ持つ趣味は無かったが、その分性格がひねくれていた。
そうと決まれば俺の行動は早かった。歩き慣れた道を漂って、俺の家の斜向かい、アイツの家の壁をするりとすり抜けて侵入する。何十回、下手すれば何百回も見た家の中のはずなのに、玄関を通さないだけで、アイツに迎えられないだけで、何だか悪いことをしている気分になった。
ふよふよと家中を彷徨ってアイツを探す。奴の家で飼っている犬と猫に、頗る威嚇された後、見覚えがあるとでも言わんばかりに首を傾げられた。動物は視えるというのは本当だったのだろうか。
しばらくして、アイツの部屋にそっと入り込んだ。部屋の中は真っ暗で、俺が死んでからの一週間程は窓も開けていないのか、空気は淀んで、湿っぽく、埃っぽい空気になっていた。
几帳面な彼らしくない荒れた部屋に、こんもりと膨らんだ布団。鼻を啜る音が微かに聞こえるので、きっとこの仲にいるのだろう。
俺は何だか居た堪れなくなって、そっと、優しく、彼の蹲っているだろう布団を撫ぜた。そもそも物に触れられないのだから、真似事に過ぎないのだ。それでも、この泣いている幼馴染を放ってはおけなかった。
ぐす、ぐず、と僅かに震える息遣いが指先から伝わってくる。触れられないのに触覚はあるんだな、と場違いながら感心した。
「……どうして死んだ……僕を置いていくなっ……」
震えて上擦った恨み言が、幽かに俺の鼓膜を揺らす。死んだはずの心臓が、どくりと音を立てた気がした。
『……悪かったって。』
どうせもう聞こえない声。それでも、慰めたかった。
「……お前は今頃、アッチでまた能天気にやっているのか?」
彼の声が、どこか遠く、悲痛な響きでもって聞こえる。彼には見えないのだ。俺が、彼のことが心残り故に彼の世にも行けずに、死んだはずの生き地獄を味わっていることなど。
彼にとって、俺は今、もうこの世界のどこにもいない存在だ。それが酷く寂しいような、筆舌に尽くし難い衝動を俺の肺に押し上げていた。
幽霊が流す涙は冷たいことを、俺はこの晩知った。
テーマ:君は今
2/27/2026, 8:29:31 AM