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「宝物」

一生懸命に記憶をたどってみるのだが、宝物として何かを大事に持っていたというような記憶がない。

小さい頃、ビー玉やらなんちゃらカードといった子供の宝物になり得るものも、特に興味がなかったように思う。そもそも宝物って一体何なのだ?海賊が7つの海を渡って探し求める金銀財宝のことならまだわかるが、昭和という大量消費の時代に生まれ育ったものとしては、宝物と言ってもピンとくるものがない。

ちなみに私は、物に執着するタイプではないが、ミニマリストのように潔く物を捨てられるタイプでもない。1年間使わなかった物は捨てましょうと断捨離本には書いてあるが、確かにそれができれば、きっとほとんどのものを捨てられて、スッキリした部屋になるだろう。ただ私は、本を読んでなるほどと思うだけの、自己啓発本あるあるの見本のような人なので、実際は無駄な物に囲まれて生活している。そんな部屋に、宝物があろうはずもない。

中田敦彦がYoutube大学で、思い出の品はラスボスと言っていた。そんなものは写真を撮ってクラウドに上げ、思い出の品は捨ててしまえということらしい。すごいよね、ミニマリスト。そこには、思い出が宝物という概念は存在しないようだ。

あなたが私の宝物というのも、いや私って物ちゃうし、とか思ってしまう。そんなものは別冊マーガレットの中だけの話であって、実際に言われたこともないし。それはやはり、私自身に問題があるからだろうか。でもちょっと言われてみたい。誰か言って。

結局宝物なんて、人それぞれだ。なくても別に困りはしない。ただ宝物があるって、なんだかそれだけで心が豊かな人っぽいイメージが、私にはある。ないものねだりで憧れかもしれないが、大切な何かがあるっていいよねと思うのだ。

さあ、ちょっと部屋でも片付けるか。

11/21/2022, 9:43:10 AM