お題
・君が隠した鍵
「ねぇ。 幸せってどんな形してると思う?」
車椅子を押す僕に、唐突に君が尋ねた。
「うーん……形って言われてもなぁ……君は、どう思う?」
僕は、答えに窮して、おうむ返しに質問を投げ返す。
「……内緒」
「ええ? なんだよ、それ」
夕暮れに染まる、住み慣れた町並みを背景にして二人は歩いていった。
子供の頃から親しんだ川沿いの道を歩きながら交わしたその他愛もない会話が――ユキとの最後の会話になった。
・手放した時間
「もう、五年になるのか――早いな、本当に」
僕は、ふと目に止まったカレンダーの日付を見て思い返す。
あと一週間で、ユキの命日だ。
僕の心に、ユキのいたずらな笑顔と――あの日に交わした会話が聴こえてくる。
「幸せの形、か」
僕は、まだその答えを見つけられていなかった。
そして、あの日ユキが言おうとしていた答えも、まだ分からないままになっていた。
・落ち葉の道
僕は、何の気なしに出掛け、ふらふらと当てもなく歩き続けて……。
気が付くと、あの日に歩いた川沿いの道に来ていた。
ここも、あの時と変わらない――。
そう、言いかけて顔を上げ、ふと気が付く。
あの時とは季節が変わり、道は鮮やかな秋の落ち葉で彩られていることに。
ここから見える町並みが、少しずつ変わっていっている事に。
目を伏せて歩き、ただ生きてきたこの五年間で、初めて時の流れを直視した瞬間だった。
『ねぇ。 幸せってどんな形してると思う?』
あの日のユキの声が、再び僕に問いかける。
あなたの想い描く――答えを見つけられた? と。
・時を繋ぐ糸
「そっか、君は……見つけてたんだね」
僕はユキが、あんなに若くして理不尽な運命に流されるまま旅立つことになり。
どんなに悔しかったか。
どんなにか、悲しかったかと。
ただ、そんな想像しかして来なかった。
でも、そうじゃなかったんだ。
あの最後の川沿いの散歩をした二人の時間。
あの時ユキが見ていたのは、悲しい運命でも過去の後悔でもなく――。
こんな風に、移ろう季節を。
こんな風に、未来に向かい変わって行く町並みを。
ユキは、しっかりと見据えていたんだろう。
「ああ――そうか」
あの時ユキは、ただ「今」を見て生きていたんだ。
「幸せだった」んだ、と。
ようやく、僕は気が付いた。
ユキは、残された砂時計を目一杯使って、自分なりの答えをとっくに見つけていたんだ、と。
幸せの形。
僕の、幸せの形は――。
『あなたなら、もう大丈夫。 自分の人生を生きて』
ユキの声が、確かに聴こえた。
思わず振り返りかけた僕に、冷たい木枯らしが吹き付ける。
振り返らずに前にすすんで、とでも言うかのように。
僕は、あの時とは変わってしまった今を。
しかし、確かに時を超えて繋がっている今を顔を上げて生きて行く、と。
そう、心の中で思いながら、再び歩き始めた。
ユキが見ていた幸せの形に思いを馳せながら。
自分が見つけた幸せの形を見つめながら。
11/26/2025, 5:26:22 PM