みゃおん。
小さな鳴き声に視線を上げれば、塀の上の子猫が此方を見下ろしている。
生まれてから大体二、三ヶ月程度か。
少し汚れた黒い毛並みに、星のように輝く金の瞳。
どうやら野良ではないようで、首に小さな鈴が括られていた。
「……何処の子?逃げてきたの。」
手を伸ばせば、逃げることなく擦り寄ってくる。
指先が鈴に触れて、ちりんと可愛らしい音がした。
「お前の飼い主、きっと探してるよ。」
そう言えば、反論するようにみゃおと鳴く。
苛立ったように首を振るその仕草に、見覚えがあった。
「……お前、あいつに似てる。」
此方の都合はお構いなし、考えなしで強引で、人の人生を散々狂わせて。
それでいて、呆気なく死んでしまったあいつに。
気に入らないことがあると、首を振って文句を言う、猫のようなあいつに。
みゃぁお。
嬉しそうに目を細めて、手の平に顔を擦り付ける姿が、あいつと重なって仕方ない。
あいつはもういないのに。
こんな小さな猫に、死んだ男を重ねて何になる。
「……ねぇ、お前。海行くの、好き?」
訊ねる声が震える。
あいつは海が好きだった。
何処までも、際限なく続く海の広さが好きなのだと。
そう言って笑うあいつが、好きだった。
確かに、好きだったのだ。
にゃあ。
「……ふ、はは。」
ゆらりと子猫の尻尾が揺れる。
思わずこぼれた笑い声、子猫の姿が涙で滲む。
「おまえ、わざわざ、あいにきたの。」
子猫は機嫌良さそうにもう一度、にゃあ、と鳴いた。
[子猫]
11/15/2023, 12:31:22 PM