Altair

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 放課後の醍醐味は制服姿で街を闊歩することだ。

 きっちり着ている制服を少し崩して、校則にギリギリ引っかからない程度のメイクをして、ほんのちょっとだけ背伸びをする感覚は学生でしか味わえない。

 部活もしてないし、テスト前でもないし、門限までは何も考えず自由でいられるこの時間が好きだ。別に不平不満なんてないけど、窮屈な学校から開放される気がして足が軽くなる。

 そんなわけで、特に予定もないのにふらふらしていると、高頻度でナンパに遭う。よほど暇してるように見えるんだろう。

「俺らと一緒に遊ぼうよ」

 爽やかさを演じている大学生っぽい二人組が逃げ道を塞ぐように立つ。こういうやり方は怖がらせるだけだと、どうして気づかないのかな。もっとこう、スマートに紳士的にすればいいのに。

「手持ちが少ないので遠慮しておきます」
「俺らが奢ってあげるって」
「近くにいいお店あってさ。期間限定メニューやってんだよね」

 期間限定メニュー……それはいいことを聞いた。とは言え、この二人組と一緒に行っても楽しくなさそうだし、どうにか上手く逃げ出したい。

 どうやって逃げようか考えを巡らせていると、正面の男の背後に見知った顔が登場した。
 良くも悪くも人たらしで隙のない完璧な従兄弟が。

「なんだなんだ、ずいぶんと賑やかだな」
「は? なんだ、おまえ」
「おいおい、そんな態度とっていいのか? 俺はこの子の大事な人だぜ? 将を射んと欲すれば先ず馬を射よって言葉を知らないのか?」
「知らねえけど」
「不勉強なのは感心しないな。彼女は可愛いだけじゃない。頭も良くて家庭的だ。そんな彼女を口説き落とすのに知性がないのは心許ないぞ」

 ぺらぺらと軽口を叩きながら、ごく自然な流れで私の隣に来て肩に腕を回してくる。踏み出す彼に合わせて動けば、嘘みたいにさらりと抜け出せる。

 さりげなく肩を押されて前に出れば、その高い背を活かして私の姿を隠してくれた。

「相手を口説くならもっと状況を読まないとな。次からは気をつけろよ」

 空いた片手をひらひらと振って、ご丁寧にアドバイスまでしちゃって、まるで友だちと別れるかのように歩き出す。

 勝ち目なしと諦めてくれたのか、頭のおかしい奴だと判断されたのかは分からないけど、二人組が追いかけてくることはなかった。

「まったく。近頃の若人は危機感が足りん」
「……助けてくれてありがとう」
「礼はいらないが、あまり隙だらけの無防備さでふらつかないようにな。変な輩に絡まれると面倒だろ?」

 さすが、隙のない人間は言うことが違う。
 頭ひとつ分高い整った顔を見上げて、すぐに彼の手元へ視線を落とす。右手に提げられているエコバッグから長ねぎが覗いている。

「買い物してたの?」
「まあな。これからマイダーリンの家に行って、手料理を振る舞おうと思ってな」
「ふーん。サプライズとか?」
「いや、マイダーリンはサプライズが苦手だからな。事前に連絡を入れてある。明日は仕事も休みだって言うから、今日はのんびり晩餐を楽しむのさ」
「相変わらず仲がよろしいことで」

 思わず鼻で笑ってしまった。
 よくもまあ恥ずかしげもなく『マイダーリン』と連呼できるものだ。

「まだ遊ぶつもりなのか?」
「んー……そろそろ引き上げようかな。なんか萎えちゃった」
「じゃあ送ってってやろう」

 ほれ、と腕を差し出してくる。手を握るなんて可愛いものじゃない。腕に掴まれというエスコートの仕草だった。すれ違う人たちがうっとりしたり、羨ましそうな顔をしていることに気づいてないのか。

「マイダーリンに見られたら困るんじゃないの?」
「問題ない。君のことは顔写真付きで話してあるしな」
「いや、こっちのプライバシーは無視すんのかい」
「家に置いてあるアルバムで盛り上がってなぁ。姪っ子ちゃん可愛いーって褒められたから、つい自慢しちまったんだよ」

 どこの世界に、恋人に姪っ子を自慢する男がいるんだよ。ああもう、本当におかしいんじゃないの。

 恥ずかしいやら呆れるやらで、もうごちゃまぜだ。

 くるりと踵を返して来た道を戻る。ちょっと遠回りして帰ろう。一緒にいたらおかしくなる。

「なんだ忘れ物か? まったく仕方な」
「ひとりで帰る! あんたはさっさとマイダーリンのところに行け! この無自覚天然人たらしが!」
「自覚はあるぞー。じゃあ、気をつけて帰れよー」

 間延びした明るい声に後ろ手で手を振り返して、青信号に変わった歩道を駆け抜ける。気恥ずかしさを塗り替えるような嬉しさをどうにかしたかった。
 

10/13/2023, 3:52:33 AM