ナナシ

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 翡翠を嵌めた瞳。月光を閉じ込めた髪。陶器さながらの滑らかな肌。硝子細工に似た指。
 父様の最愛をそっくり写したそれは今や、無惨にも罅割れ、光のない虚ろな顔で私を見つめている。
「可哀想」
 割れた肌に指を這わせた私の呟きは誰にも拾われない。
 あなたが。あなたが悪いのよ。あなたが私の父様を奪ったのだから。
 最後に聞いたのは、憎しみに満ちた声だった。
 可哀想な私の姉。最初に父様に愛された子。貴女を想って創られた私を妬み、狂って死んだ憐れな娘。
 けれど、その死を他人は知らない。彼女を一番に愛した父様ですら。
「人形に成り代わられた気分は如何?」
 割れた鏡の奥。映った私は微笑っていた。

8/19/2023, 9:15:52 AM