脳裏に思い描いたことが、ひとつだけ現実化する力が、ある日身に付いた。
嘘みたいだが、ホントの話。
しかし、何が現実のものとなるかは、ランダムで自分では選べないというから難儀なんだな。
「ねえ、殿山くん、きょうお昼ごはん何にする?」
上司の佐久さんが隣のデスクから声をかけてくれる。
俺のあこがれの人……。今日も麗しい。
「そうですね。こないだできたカフェでも行きますか」
「混んでたらどうする?」
「んー。その時はキッチンカーでもいいですよね」
「それもいいね」
と、その時、佐久さんが椅子の背もたれに身体を預けるようにうーんと思い切り伸びをした。午前中、ずっとデスクでPCにかぶりつきだったから、肩がばきばきなのか、のけ反って首をひねっている。
う、わ……。でっかい……。
豊満なバストのラインが、くっきりと露わだ。のけ反ったせいで。
俺はよこしまな目で見てしまい、気取られないはしないかと焦る。
すると、いきなりむくりと佐久さんは立ち上がり、「殿山くん、悪いけど予定変更していい? 今日、無性に食べたくなった。奢るから」と財布を取り出し、ドアに向かっていく。
「あ、え? 佐久さん?」
留める声も届かず、佐久さんは部屋を出て行った。新しいカフェ、ゼッタイ佐久さんに似合いそうだったんだけどな……。どうしたんだろう急に。
そんな風に思いながら待っていると、しばらくして息せき切って佐久さんが戻ってきた。コンビニの袋を抱えながら。
「殿山くん、今日、これにしよう。肉まんあんまんカレーまん、いっぱい買ってきたから。好きなのどうぞ」
満面の笑顔で俺に差し出す。
「あ、ああ。どうも……」
俺は、おずおずと袋から肉まんを選び出す。ほかほか、ほんわか、やわらかい……。湯気が立っている。
ちぇ。今日の現実化は、これかあ。
俺は脳裏に煩悩を抱いたことを恥じながら、白い饅頭にはむっとかぶりつくのだった。
#脳裏
「紅茶の香り3」
11/9/2024, 10:45:27 AM