忘れたくても忘れられない
「今日の演習、振り返ってどう思った?」
貼り付けた笑顔を携えた教師が私を見下ろす。その姿をみて、これは夢だと確信した。もう何度と見る情景の、再上演だ。かつての現実の私は、この時に自分なりの意見を述べては見たものの、教師にとっては求めていない意見だったらしく、長々と私の不出来を指摘されたことを覚えている。
「...」
夢の中の私は何も言わず、ただじっと時が過ぎるのを待っている。それを斜め後ろから見つめていた。講義室にかけられた時計の秒針は止まったまま。このまま私が何も話さなければ動かないのだろうなと、何となく悟った。
「ーーー!」
夢の中の私が何かしらを話したようだった。ただその声はノイズのように不明瞭で、内容まで声を発したという事実しか理解できなかった。
「あの時の発言の意図は」「ここの内容の根拠」「それでいいと思ってるの」「責任のある行動を」「どうしてそんなことを」
笑顔の教師は一転し、捲し立てるように言葉を放つ。幾重にも重なる声の、そのどれもが耳障りなノイズを孕んでいたが、内容は痛いほど伝わってきた。空気を震わすような異常な声量で放たれたにも関わらず、その正面に経つ私はぴくりとも動かない。見下ろす視点に立った私もその光景をぼんやりみていると、不意に風景がかわった。
今度はどこかのライブ会場のようで、薄暗い室内に多くの人がひしめき合ってるのが見えた。沢山のペンライトが音に合わせて揺れ動き、ひとつの大きな生き物のように脈動している。ステージに目を向けると、そこには昔行ったことのあるライブの時の衣装を纏った推しがいた。途端に空白の感情が歓喜に埋め尽くされて、私は精一杯の声量で推しへと声援を送った。それを見た推しがステージを降りて、私の前へと降り立つ。これが夢であることはわかっていた。だからこれは私の想像の中の都合のいいものでしかないことも理解していたが、それでも喜ぶ気持ちは抑えることが出来なかった。そうして私からも手を伸ばして、推しとハイタッチをしたと思った瞬間、また場面が切り替わる。
今度はどこかの学校の廊下にいるようだ。私はこの後の展開もよく知っていた。この後、教室に入る前に私は中で友人だと思っていた人が心無いことを言っているのを聞いてしまって、来た道を引き返すのだ。かくして、夢は記憶の通り進む。それから幾度も場面が切り替わったが、どれも見覚えのある風景ばかりだった。不意に、意識が浮上する。現実に戻され、目が覚めた私は、暫しぼんやりとベッドの上に横たわっていた。窓からは朝日が差し込んでいる。どうせ記憶を追体験できるなら、いいものばかりを見たいのに、そうはいかないなんてままならないなと、再び布団を頭から被った。
10/18/2023, 4:04:17 AM