『風が運ぶもの』
きみが結婚したと風の噂にききました。
ぼくがまだひとりでいると、きみに届かなければいい。
男は名前を付けて保存、女は上書き保存、とはうまく云ったものだ。
過去を振りはらって前を向いて進むきみからぼくは眼を逸らすしかない。
ただ、それでも、あの頃ならまだ可能性としてあったかもしれないきみとの未来を、いまでも夢みているわけじゃないんだとは断言する。きみとの未来はもう絶たれているのだとさすがにわかっている。
ぼくが未だにひとりだと、きみに届かなければいい。憐れみとともにふりかえらないで。――憐れみさえきみのなかに芽生えようもないのかも、しれないけれど。
ぼくの日常はきみなしでもささやかな幸せに満たされているよ。恋という要素が欠けているだけで。
風の噂がきみの幸せをぼくの耳に運んできます。
ぼくの何もがきみに届きませんように。
きみがぼくを思い出すこともないのだと、ぼくに思い知らせないでください。
3/6/2025, 10:34:41 AM