このえ れい

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 風呂にアロマキャンドルを持ち込むのが日課だ。お気に入りの香りを風呂場に満たし、湯船に花弁を散らして、チャンネル登録してある配信者の動画を見ながら半身浴するのが、仕事終わりの癒しの時間だった。
 と言うと意識高めに聞こえるが、そうでもない。これは元恋人の趣味なのだから。ほかにも、彼女の好きな作家の本を買ってみたり、彼女の好きだったカフェに入って彼女が注文していたコーヒーを頼んでみたり、写真を撮るのがうまい彼女にならってアングルに拘ってみたり。
 こうやって彼女の跡を、足跡を合わせるように辿るのが癖になっている。
 このキャンドルも、彼女からもらったアロマキャンドルセットの最後の一個だった。あなたにはこの香りが似合う、と言ってくれた彼女の笑顔は、今でも脳裏に焼き付いている。正直、あまり好みの香りではなかったが、彼女が私に似合うと言ったのだから、私は好きになるべきなのだ。これがなくなったら、新しいものを買う予定だ。
 もういない彼女の存在を、少しでも感じていたい。二人で住んでいた部屋と同じ配置で家具を設置して、二人で大笑いしたテレビ番組を見て、彼女の好物だった料理を作って、二人で寝ていたのと同じベッドで眠る。
 アロマキャンドルの香りに満たされた風呂場には、彼女の姿はない。私の腕の中に彼女はいない。頬を包んでくれる温かい手はない。
 それでも──信じていたい。彼女は、私のところに帰ってくると。
 黙って部屋を出た彼女の背中を、まだ覚えている。呆然とする私を一人置いて、振り向かずに扉を閉めた背中を。
 ねえ、あなたはどこにいるの? なぜ出ていったの? 私を置いて。
 動画が終わった。キャンドルを吹き消す。体を拭いて部屋に戻っても、スマホは沈黙したままだ。
 今日もまた、冷たいベッドに横たわる。私は虚空を見つめ、そこに彼女の面影を探していた。

11/19/2023, 1:47:39 PM