省旭

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「なに、みてるの」

旭はソファにもたれて眠そうにテレビを見ていた。俺は彼を見つめていたことがバレて、少しだけ気まずくなる。
恋人なのだから存分に彼を堪能したっていいのに、だ。気ままなな猫のような彼の気分を損ねないよう日頃からそれなりに注意しているが、まあ俺自身が鈍感な質なので別に上手く行ったことはない。

「いやなに、暇だったからな」
「暇なら俺を見るのか?」

旭は笑って俺を見た。ソファの上に肘をついている。眠たげな目は変わらなかった。

「暇ならアイスでも買ってきてくれよ」
「この俺をパシリに使うのか?バカが……」
「バカは省悟の方だ!こないだなんか夕飯焦がしやがって……普段から役に立たないんだから少しは働けよ」

愛する恋人からなかなかに辛辣な事を言われて少し動揺するが、それも右から左に抜けていった。こういうところが鈍感だと言われるのだろうが、旭がこうして怒るのは猫がにゃあにゃあ怒ってくるのをいなすようなもので、特段いつもと変わりはなかった。

「アイスなんだが、なんでこの家には常備していないんだ」
「常備する文化がねえからだ」
「なぜだ!?ありえない……俺の家の文化を輸入した方がいい。この家は遅れている」
「さっきからうるさい。そんなに食べたいなら自分で買ってきてくれ」

俺の説得も彼には響かない。その昔、まだ旭と付き合ってない頃に彼の実家に泊まりで遊びに行ったことがあるが、その時も彼の家にアイスがなかったことに驚いた。俺の家には常に冷蔵庫に多様なアイスがあるのに……箱のアイスだったり、単品のものだったりチョコだったりバニラだったりが多様に揃っている。
旭も少しは見習ってほしいものだ。普段は会社の取締役なんて大業を担っているが、意外とルーズなところがある。
呆れたように彼を眺めていると、眉間にシワを寄せた彼から反論された。

「呆れてるみたいだけど、その目を向けたいのはこちらの方だよ」
「アイスは」
「買ってこいって言っただろ!」

旭が持っていたクッションをぽんぽんと投げられ、これはたまらないと退散する。機嫌を損ねた猫に、仕方ないからアイスでも買って与えてやろうと思った。
古びた茶色の机上から彼に貰った長財布を取り、ズボンのポケットに入れる。適当にかけてあったジャケットをひったくってルーズに着ると、とりあえずの外出用の服装が出来上がる。

「俺はバニラがいい」

玄関口で靴を履いていると、買ってくるのが当たり前のように言われた。もちろん大好きな恋人のために買うのだが、少しはありがたみを見せてほしい。苦笑いをしながら玄関ドアを開けた。

end

3/30/2024, 12:50:20 PM