かたいなか

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「動物であれば絶滅確定種、植物で自家受粉や枝挿し等々が可能ならギリセーフ、有名人が使ったり作ったりしたものならオークションで高額取り引き。身近な物なら、自分で製作したプラバン細工とか、手作りの皿とか?」
まぁ、「一つだけ」っつっても、ピンキリよな。某所在住物書きは、別段希少価値のひとつも無い自室を見回して言った。
「世界に一つだけ、『欠点がある』とか『地軸がある』とか、何か言葉を補えれば、ひねった物語展開も可能なんかな……」
まぁ、この残り時間じゃ、さすがに俺には難しいが。物書きは世界に何百何千と同型の存在する置き時計を見る。次の題目の配信まで、残り3時間である。

――――――

「世界に一つだけ」。ちょっと憧れるお題ですね。こんなおはなしはどうでしょう。
先々月くらい前の都内某所。あるアパートの一室に、人間嫌いと寂しがり屋を併発した捻くれ者が、ぼっちで住んでおりました。

名前を藤森といいます。
前回投稿分では、ワケあって親友の一軒家に一時避難中でしたが、
まぁ、まぁ。いつもなら、いっちょまえにぼっちで生活し、いっちょまえにぼっちで大抵三食自炊して、いっちょまえに、悩みやらストレスやらを、抱えて消化して放っといて、などなど。しておったのでした。

この藤森の部屋にやってくるのが、まるで童話の世界から抜け出してきたような、人間に化ける妙技を持ち人間の言葉をしゃべる子狐。
週に1〜2回、たったひとりのお得意様たる藤森の部屋へ、お餅を売りに来るのです。
強盗や詐欺の多発により、防犯強化の叫ばれる昨今。子狐のために部屋のドアを開けてくれるのは、藤森ただひとりだったのです。

細かいことは気にしません。都度都度説明していては、筆者の知識の無さと物語執筆スキルの低さが露呈してしまうのです。

さて。不思議な不思議なコンコン子狐。藤森にお餅を売るたび、大切な宝物が増えていきます。
3月3日に初めてお餅を売って、貰ったピラピラ2枚の紙幣は、父狐と母狐にあげました。
2度目にお餅を売って、貰ったキラキラ4枚の硬貨の、一番大きい500円1枚はお守りに決めました。
3度目頃におつりの引き算を覚え、5度目あたりで子狐は、お守りの500円玉を葛のカゴの隙間から落とし、藤森の部屋に忘れていってしまいました。

『なくなっちゃった、なくなっちゃった!』
キャンキャン泣きじゃくるコンコン子狐。
『大事な大事な、たった一つのお守り、なくなっちゃった!』
雪国の田舎育ちである藤森も、獣の遠吠えのデカさには慣れておりましたが、
さすがに今回のこればかりは、ちょっとかわいそうに思った様子。
6度目の餅売りの日、藤森は子狐に、首から下げられるコインケースをくれてやりました。

『カゴの中に入れるから、落としてしまうんだ』
藤森は子狐の首に、コインケースをかけてやりながら、優しく諭しました。
『そんなに大事な物なら、この中に入れておけ』
無くしてもすぐ分かるように、ちいさなチリチリ小鈴をつけて。お守りとお釣り用の硬貨が混ざらないように、専用ポケットもくっつけて。
それは、藤森がちくちく馴れないお裁縫道具を使い、ちりめん風の端切れを数枚ダメにしながら、それでもちょっと頑張って作った、
まさしく、世界に一つだけの、子狐のためだけに作られた、子狐の手にも開けやすいコインケースでした。

父狐と母狐へのおみやげ。自分のお守り。そのお守りを入れる首飾り。
コンコン子狐、藤森にお餅を売るたび、幸せが増えてゆきました。

「おとくいさん、こんばんは!」
今日も不思議な子狐は、たったひとりのお得意様の、部屋にコンコンお邪魔します。
その後のことは、気にしません。おはなしは終わりがほっこりすれば、大抵は多分それでヨシなのです。
おしまい、おしまい。

9/10/2023, 6:56:38 AM