かたいなか

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「要は涙さえ出せば良いんだろ、って考えたんよ」
もらい泣き、あくび、催涙スプレーに激辛料理、それから酷く咳き込んだ後の惨状。
別に感情の発露からの落涙でなくとも、涙は出る。
某所在住物書きは、なんとか己の不得意分野であるところのエモネタを回避すべく、「涙の状況」を列挙している。 涙だ。涙さえ出れば良いのである。
最初に閃いたのが、クマ撃退スプレー。
軽い気持ちによる試射で大惨事になり、涙轟々の動画をどこかで観たような気がするのだ。
「花粉症も、時には涙よな……」

ところで実体験として、子供の頃は転んだり痛い思いをしたりすると、すぐ泣いていたように思う。
痛覚から落涙に対して極度に繋がりやすかったあの時期は、何故あれほど簡単に涙が出たのだろう?

――――――

最近最近のおはなしです。都内某所のおはなしです。某稲荷神社敷地内の一軒家に、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が、家族で仲良く暮らしておりました。
稲荷神社は森の中。神社の神様のご利益とご加護によって、参道の花は美しく、和漢和ハーブの庭は副産物のキノコに山菜も含めていつも何かが豊作。
神様のいらっしゃる厳粛な領域は、しかし穏やかで平野で、不思議な空気に満たされておるのでした。

で、そんな神社はごくまれに、数ヶ月に1〜2回程度の低頻度で、善良無害なおばけが成仏昇天できずに迷い込んでくるワケでして。
その日神社にやってきた男の霊が、今回のお題「涙の理由」の回収担当なのでした。

というのもこの稲荷神社在住の末っ子子狐がこの男霊の話を聞いてバチクソにギャン泣きしまして。

『どうしても未練なんだよ。どうしても……』
本日稲荷神社に辿り着いたのは、仕事盛りでブラック一歩手前のグレー企業に勤めていた若手。
『だって、文字通り、「さいごの一杯」だぞ』
長時間労働が常習化して、退勤時間も詐称で、日常唯一の楽しみといえば、出勤前と退勤後に食べる濃い味の醤油ラーメン、あるいはにんにくラーメン。

食べて、仕事して、ストレスで心と身体を疲弊させて残業して、退勤して食べて。
その日も「今日」というクソな平日をしめくくる、脂増っし増しであつあつのラーメンを、
まずチャーシューから胃に収め、
麺をズズっとすすろうと、
した矢先に頭のどこかがガツン!プッツン!
今まで経験したことのないような痛みを感じて、
それから、何も覚えていないのでした。

脳卒中です。詳しくは、脳出血です。
それは日頃の不摂生で発症リスクが高まり、
それは酷いストレスもトリガーになり得るのです。
『麺のひとくいちくらい、食いたかったなぁ。
あーあ。成仏の仕方なんて検索に出てこねぇし、
なんか、夢の中をさまよってる気分だわ』

「かわいそう!かわいそう!!」
子狐ギャンギャン、稲荷の子狐ゆえに食べ物には信条がありまして、すなわち豊作と美味と満腹と、食による幸福を善良としておるのです。
なのにこの霊はどうでしょう。せっかくの「最後の晩餐」を、かわいそうに、食えなかったのです。

「ウカサマ、ウカノミタマのオオカミさま!しもべの声を、お聞き届けください!この者に、おいしいおいしいごちそうを、たっぷり与えてください!」
ギャンギャン、ギャンギャン。コンコン子狐は涙をびゃーびゃー流して、稲荷の神様にお願いします。
これこそお題回収です。子狐の、「涙の理由」なのです。不運な男霊を、あわれんでおるのです。

なお稲荷の神様への陳情取りつぎ係、オチを知っておるので知らんぷり。
子狐の優しくかわいらしい訴えを、あらあらまぁまぁ、ペット動画を観る尊みでほっこりします。
「ウカサマ、どうか、お聞き届けください!」
ぎゃあん、ぎゃあん!稲荷の子狐は一生懸命、あわれみの涙を声にかえて、吠え続けました。

で、ここからがオチの話。
あんまり末っ子子狐が泣きますので、都内の病院で漢方医をしてるお父さん狐が到着。「夢の中をさまよってる気分」の男霊から事情を聞きます。
「生霊ですね。あなたがたで言う、接続障害です」
『せつぞくしょうがい』
「心魂と身体の接続が、不安定なのです。手術が成功して麻酔が切れれば、ちゃんと目が覚めますよ」
『せつぞくが、ふあんてい』

フッと気の抜けた男霊。「接続障害」が「解消」されたのか、ポンとその場から消え去ります。
目が覚めたら白い天井の下、白いベッドの上。
結婚したばかりのお嫁さんが、涙をぼろぼろ溢れさせて、男の手を握っておったとさ。 おしまい。

10/11/2024, 3:02:42 AM