にえ

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お題『風に身をまかせ』

 お風呂からあがられた主様は「夕涼みがしたい」とのことだったので、見張り台に簡易的なテーブルと椅子をご用意して差し上げた。
「何かお飲み物をお持ちいたしましょうか?」
「んー……?」
 一応考える素振りをするけれど、大体既に決まっている。
「ニルギリのアイスミルクティー、ほんのり甘め……いや、少し強めの甘めで」
 いつもと少しだけ違うオーダーに、あれ? と思ったけれど、お風呂上がりで疲れが昇ってきたのかもしれない。そもそも主様が疲労を感じているのであればそれを癒して差し上げるのが俺の役割だ。
「かしこまりました。
 それと、湯冷めしてはいけないのでここにブランケットを置いておきますね」
 タオル地の、カラフルな水玉模様があしらわれているブランケットは、衣装係のフルーレのチョイス。快活な主様にはぴったりだと思う。

 俺がミルクティーをお持ちした頃には陽がだいぶ翳っていた。逆光の中に主様がいて、そこだけ影絵のように切り取られている。
 その光景は俺の胸を掴むには充分すぎた。
「……フェネス? どうしたの?」
 その声は今の主様のもののはずなのに、俺は前の主様のことを思い出さずにはいられなくて。
 前の主様と過ごした時間は、今の主様とのそれとははるかに短かったけれど、あのときの一目惚れの片思いを今でも覚えている。いや、影絵の主様を目の当たりにして、却って鮮烈に蘇ってしまった。
 震える手でテーブルにアイスミルクティーを置き、使われることなく置き去りにされた水玉ブランケットを広げて、
「お風邪を召してはいけませんから」
主様を包み込んだ。
 すると、主様の方から俺の胸に飛び込んできた。

「……フェネス、また私のお母さんの面影を見てるでしょ?」

 俺を見上げてくる瞳は怒ってはいないけれど、寂しいと訴えかけてくる。
「……すみませ、おれ……」
 ついに涙をこぼしてしまった俺のことを主様は抱き止めてくださった。
 俺はその小さな身体に腕を回す。
 俺と主様はしばらくそうして、風に身をまかせて過ごした。

5/14/2024, 1:28:23 PM