藁と自戒

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「私、ハッピーエンドは嫌いなの。」
読んでいた本をパタリと閉じて君は言った。
「だって、幸せなおわり方が幸せとは限らないから。」
どうにもわからないなと思いながら
「そうなんだ。」とだけ返した。
今日には夕日が差し込み、
君の髪を紅く染める。
綺麗だなとぼうっと眺めていると、
「ふふ、どうしたの?」と
君はいじらしく僕の顔を覗き込んでくる。
「綺麗だなって」と何気なく答えると、
君の頬も赤く染めたのは夕日がそれとも、
幸せは幸せだろと僕はそう思った。
「そろそろ帰ろっか。」
二人は帰路に着く。

明日はすぐに今日になり、
今日はすぐに昨日になった。
時間は飛ぶように流れ、
ある日は突然やって来るんだ。
話したいことがあるの。
と君に呼ばれた所は、
真っ白な病室だった。
君はどこか他人事のように、
「運が悪かったみたい。助からない病気だって」
と間が悪そうに言った。
僕は言葉が出なくて、
沈黙が部屋に闊歩した。
「受け入れられないのはわかるけどさ、
私が話したかったのは
最後まで君と過ごしたいなって」
と沈黙を破り君は言う。
「ごめん、ちょっと気持ちを整理してくるよ」
とだけ言い僕は病室から逃げ出た。

気持ちの整理はつかなかった。
ただ沈んでいく気持ちに押しつぶされそうになる。
堪らず病室のそとの椅子に座り込んだ。
このまま椅子ごと押しつぶされてしまいそうだ。
「大丈夫じゃなさそうだね?」と
ぼくの父親程の年齢の男性に声をかけられた。
男性は整った身だしなみのスーツ姿で
仕事が生き甲斐のサラリーマンという印象を受けた。
「彼女が病気で」と消え入りそうな声で僕は答える。
「ああ、やっぱり君もか」と彼は答えた。
「君も?」
「私は娘がね。臓器移植が必要なんだが」
「よくある話だがドナーが見つからなくてね」
「ああ」
情けない男たちの傷の舐め合いだった。
「君から似た空気を感じ取って話しかけさせてもらったよ」
「全部自分のためだ悪かったね」とコーヒーを奢ってもらった。
現在の状況を口にした事で
どうにか自分で立ち上がるだけの気力を得た。
「お互い様です。どうにか頑張りましょう」
とその場を後にした。

病室に戻ると彼女は窓を眺めていた。
「もう、戻ってこないかと思ったよ」
いつもいじらしく彼女は言う。
「まさか、そんな人間じゃないって知ってるでしょ」
「知ってるよ。いつも信じてるから」
彼女は微笑んだ。
彼女の笑顔にどれだけ救われただろう。
そしてこれからあと何回救われるだろう。
「いつも、ありがとね」
「なんだよ水臭いな。
これから私がしんじゃうみたいじゃないか」
「酷い冗談だなあ」
「作ろうよ最後まで、思い出を」
彼女との時間を最後まで大切にした。

彼女がいなくなってどれくらいかたった日。
すっかりと景色は変わってしまったが、
いつもとやる事は変わらない。
色褪せた世界で僕は日常を過ごす。
今日も学校へ向かう途中。
たまたま見知った顔を見かけた。
「コーヒー、ありがとうございました。」
「ああ、あの時の。彼女さんは残念だったね」
「知ってたんですか」
「まあね、訳あって聞かせてもらったよ」
「娘さんの方は」
「ドナーが見つかってね、どうにか一命はとりとめたよ」
「そうですか、それは良かったです」
「ああ、すまないね。ありがとう」
何が済まないのか、
何にありがとうなのかはわからなかったが。
どこがいたたまれなくなり、
挨拶もそうそうにその場を立ち去った。
後にその言葉の真相を知ることになるのだが、
誰かの幸せは誰かの不幸せらしい。
ある日の彼女の言葉を思い出した。

#ハッピーエンド

3/29/2023, 4:25:03 PM