月凪あゆむ

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大地に寝転び雲が流れる

 自分たちは、一体何をしているのだろう。
 そう思うと、聞かずにはいられない。
「……なあ、弟よ」
「なあに~、お兄ちゃん」
 あくびでもしてそうな、能天気な声が返ってくる。

「なんで俺たち、こんな芝生で寝転んでるんだ?」

「……えへへ」
「えへへ、じゃねえよ。ちゃんと答えれ。なんで、このためだけに、病院からの外出許可もらってんだよ」
 本当に、苦労したのだ。
 弟は、難病だ。治療法がない。
 主治医や看護師も、この外出はなかなか首を縦には振ってくれなかった。
 しかし。
 弟が、なにかを伝えた。
 その「なにか」を聞いて、やっと外出許可を得て、何故か河川敷の、芝生の上という今に至る。
 兄には、理由を教えてはくれていない。
 そこが、少々不服だ。

「──ねえ、お兄ちゃん」
 なんだ、と返そうとして、兄は息が一瞬止まった。
空を見上げる弟の目から、涙が頬につたっていた。
 とても静かに、泣いていたのだ。
 

「ねえ、ぼくはいつ、病院から外に出られるのかなあ」


 それは、日々難病と闘う弟の、紛れもない本音だった。
「…………」
「あ、ごめんね。泣いてるんじゃないからね! 心拍数は上がってないよ」
 何の言葉も返せない兄に、弟は努めて明るい声で、続けた。

「もしかしたら明日とか、ぼくの息止まったりするのかなあ、とか思うとね」
 兄はまだ、言葉がでてこない。

「そしたらその前には、ちょっとでも外に出て走ったり、叫んだり、こうしてねっ転んで空を見上げたいなあ、って思うんだ」

「…………」

 沈黙が、二人の間に流れる。
 まだ、兄は言葉を探していた。


 どのくらい、そうしていたのだろうか。
 それは、雲が流れ、晴れ間が顔を出したその瞬間に。
 兄は言葉を紡いだ。

「……また、来れるさ」
「別に、気休めなんていらな──」

 その時に初めて、弟は横にいる兄の顔を見た。
 弟と同じくらい、否。それ以上に、兄の目には、涙が溢れていた。
しかし、目一杯に涙をためてなお、目からは落ちない。落とさないようにと、頑張って堪えていた。

 いつどうなるのか。
 回復するのか。急変するのか。
 そんなの、二人にも、ほかの者にも分からない。
 ただ。

「──ぜっったいに、また、来よう!!」

 兄の眼には、「決意」が宿っていた。


 また、この空の下で、一緒に芝生の上にでも寝転んで。
 たくさん、話をしよう。
 ──その時には、きっと違う感情の涙で。

5/4/2023, 10:48:33 AM