波切

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嵐が来ようとも

 嵐が来ようが、来なかろうが、玄関の戸を叩く音はない。
郵便配達のひとだって、区役所のひとだって、僕がここで生きていることを知らない。
「大雨です。避難してくださーい」
 呼び掛けは僕を飛び越えて、三軒隣を揺さぶりにいく。
 僕の存在を知るのは、君だけだった。けれど2週間前、君は「もうこんな所に用はない」と言った。
「さよなら」
「ああ、さよなら」
 それでこうして僕は、ひとりで息を詰めている。
 雨音のなか。嵐のなか。土砂が崩れて、古いテレビが鳴いて、君の記憶が豆腐のように崩れていくのを待っている。

7/29/2023, 8:51:19 PM