『君と僕』
君と僕はどうしてこんなにも違うのだろう。
君は優しくて、綺麗で、勉強も運動も裁縫とかだってなんでも出来る。みんなには学校のマドンナとか言われているような人。
僕は優しく無いし、特別イケメンという訳でも無い。勉強、運動は平均で、何をしても普通で。陰キャな僕はいつも教室の隅に居る。
才能? 遺伝? 努力? 人間というのはどうしてこんなにも違うのかな?
不条理だ、理不尽だって嘆いても誰にも響かない。どうせ僕の独り言だから。
学校のマドンナであり高嶺の花にないものねだりをする僕は、きっと世界一身の程知らずで愚かな人間なのだろう。
……な、はずなのに——
「煌驥君……今日も一緒に帰らない……?」
遠慮がちに僕へ話しかける人の名前は春夏冬小夜。何をしても結果を出して、クラスで常に中心にいる学校のマドンナ。
「いや! その! 用事があるとかなら断ってくれても良いから!」
頬を紅く染め、慌てている君はとても可愛い。
放課後の窓が通す橙色の光は、綺麗な彼女を更に魅力的にする。彼女の美しい髪を揺らす強い風に攫われ、爽やかながらも良い匂いが鼻へ流れていく。
君に見惚れて固まっていると、彼女は鞄を持って立ち去りそうになっていた。
「ご、ごめんね! 私先に帰るから——」
「……いや、特に用事は無いよ……だから、小夜さんさえ良ければ……」
急いでいるはずなのに小さい声で、しかも大切なことは言えない返答しか出来なかった自分に嫌気が差す。こんな自分が嫌いだ。変わりたいと思っているのに変われない自分がもっと嫌いだ。
「……! うん、なら良かった……! じゃあ一緒に帰ろう!」
こんなにも情けない僕に君は太陽のような明るい笑顔を向けてくれる。その瞳に、笑顔に、温かい心に、何度救われてきたのだろうか。
だからこそ一緒にいては駄目なんだ。このままじゃ僕がその光に魅入られてしまうから。
「……でも」
「うん? どうしたの、煌驥君?」
「……僕と居たら小夜さんが馬鹿にされてしまうよ……噂にでもなったら……」
無意識に視線は下を向き、手には力が入る。僕は君の隣にいては駄目だと心の中で言い聞かせ、割り切る。
先程より冷たくなった僕の手を何かが優しく包んだ。
「大丈夫。私が煌驥君と帰りたいだけだから気にしないで」
また君が微笑む。僕と噂されて良いことなんてないはずなのに、どうして笑えるのだろう。
「ふふ、煌驥君はやっぱり優しいね」
「え?」
言葉の意味がわからず、僕が首を傾げる。
「……僕は優しくないよ」
「ううん。優しいよ。さっきも私のこと気遣ってくれたし。この前は迷子になってた子供に話しかけてたり、困ってたお婆さんの荷物を持ってあげてたりしたよね」
「それは、普通のことだから」
「それを普通って言えることが凄いんだよ。話すことが苦手なのに、困っている人がいたら迷わずに手を差し伸べる事が出来る」
君は窓の方へ歩き、窓から少し乗り出して校庭を覗く。数秒経った後乗り出した体を元に戻し、僕の方に向き直っていたずらめいた表情で口を開いた。
「……そんな君だから、私は——」
不意に開いていた窓から風が入り、彼女の言葉を掻き消す。
「……ごめん。最後の方が聞こえなかった。もう一回言って貰えると助かるんだけど……」
僕の言葉に返答はなく、目の前に立つ君は僕から顔を背けてしまった。心なしか耳が赤い気がする。
「ど、どうしたの……?」
体調不良ならすぐに帰らなければならない。小夜さんが学校を休んだら色々な人が悲しんでしまうだろうし。
「な、なんでもない……!」
僕に見せないように顔を背けながら君はこちらへ歩いてくる。
「ほら、早く帰ろう!」
「あの、ちょっ……手が……」
突然手を握られ、顔が熱くなる。だがそんなのお構いなしというように僕の手を握ったまま廊下を走っていく。
流石と言うべきかとても足が速く、僕の方がすぐに息切れしてしまう。
「あの……! 少しだけ、スピードを緩めて貰えると嬉しい、です……!」
運動不足のインドア男子高校生による必死な呼びかけが功を奏したのか、君は止まってくれた。
「ご、ごめんね……僕あまり走るの得意じゃなくて……本当にごめん……」
「……私もごめんね。急に走っちゃって」
気にしないで、となんとか言葉を出しながら息を整える。
「ねえ、煌驥君」
「ど、どうしたの?」
振り向き、僕と目を合わせた君は天女のような笑顔を浮かべ、他でもない僕に言う。
「煌驥君は良い人だよ! 私が保証するから、自信持ってね!」
「……なんか、いきなりだね」
「ごめんね。でも言いたくなっちゃって」
「……あはは」
君と僕は何もかもが違う。
でも、君には君の、僕には僕の良いところがあるのだと、そう言ってくれているのかなと勝手に思うのだった。
「ありがとう、小夜さん。僕を観てくれて」
4/11/2025, 2:29:26 PM