「卒業、おめでとう」
昼過ぎの教室。窓からは駐車場に向かっていく家族達が見える。泣いていたり、笑っていたり、卒業式の看板の横で写真を撮っていたり。きっと、彼らにとっては輝かしい青春の一幕となるのだろう。
そんなことを考えて物思いにふけっていると、教室の扉が音を立てて開かれた。こちらを見て目をまん丸にした彼女は、焦ったように弁明した。
「ご、ごめんね…!人がいるとは思っていなくて」
「別に気にしてないよ」
そう言うと彼女は安心したようにため息をついた。少し暗い茶色の髪をおさげの三つ編みをしていて、スカート丈も長い。学校で目立つタイプでは無いのだろう、3年A組のバッチをつけているのに、彼女の名前は思い出せなかった。彼女はおどおどしながら周りを見渡していたが、意を決した様子でこちらに話しかけてきた。
「あ、あの。あなたはつづきみはなさん?」
つづきみはな。都築美花。私の名前だ。肯定したが、見ず知らずの彼女が自分の名前を知っているのが少し不気味だった。彼女はその重いを知っていてか知らずか、話を続けた。
「あなたがここを去ってしまうまでに、話しかけようと思っていたんだけど勇気が出なくて」
手元を見ながら頬を赤くして話している。とりあえず横の椅子を引いて座ってもらうように促すと、彼女は「ここで、話させて」とそれを断った。
「今日を逃したらきっともうあなたに会えないと思って、急いで来ちゃった。帰ってたらどうしようって思ってた。」
埒が明かない。このままではきっと何時間も時間をかけて話すのだろう。要件を聞くと、彼女は一言、お礼を言いたいと言い出した。
「お礼?何の。あなたを助けた覚えはないよ」
「この姿で会うのは初めてだから。」
もしかしてこの子、不思議ちゃんなのだろうか。そう思い始めた時、ふと裏庭を思い出した。枯れかけた木下のベンチ。そこが自分のお昼休みのテリトリーだった。ある時、気まぐれで水をかけてやった事があったってけ。それからその木はみるみる元気になって……
「まさかとは思うけど…あなた、あの木?」
「そうよ!美花ならわかってくれると思ってたの!」
彼女は喜び、口元を緩ませた。
「あの時は水をくれてありがとう。それがあなたの気まぐれだったとしても嬉しかったの。居なくなった仲間も帰ってきて、裏庭はすっかり元通りよ」
居なくなった仲間とは、きっと花のことだろう。色とりどりの花に囲まれて食べるパンはいつもより美味しかった。記憶を思い返していると、彼女は後ろに隠していた何かを持って教室に入ってきた。
「美花、裏庭でよく話していたでしょう?オヤコカンケイもニンゲンカンケイも良くないって。よく分からないけど、きっとそれは辛いことなのでしょう?これからもきっとそれは続いて行くのだと思う。だけどそれはここでおしまい。今日は卒業の日なんだもの。辛いことも、嬉しいことも、きちんと終わらせなきゃ」
彼女は持っていたものをこちらに渡す。
それは、色とりどりの花束だった。
「これは、都築美花への餞別。もう私はあなたの話を聞けないけれど、辛くなったら思い出して。裏庭は、いつまでも美花の味方よ。この花束がその証明」
泣きそうで、それでも強がってありがとう、と呟けば、彼女は一言笑って言った。
「卒業おめでとう、美花!」
2/9/2024, 3:50:46 PM