紅月 琥珀

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 最近、風の噂で耳にした。
 ずっと好きだったあの人が天へと昇ったことを。

 初恋は実らないなんてよく聞くけれど、事実⋯⋯私の初恋もそうだった。
 とはいえ、私の場合は伝える気がなかっただけなのだけど。それでも、実らなかった事に変わりはなかった。

 他の子達は恋人同士で色々としたかったみたいだけど、私は同じ空間で彼の一喜一憂する表情を見てるだけで良かったし、たまに話せただけで充分幸せだったから⋯⋯それ以上なんて考えられなかったのだ。
 今思えば、恋と言うには欲が足りず。愛と言うには拙過ぎる。どっちつかずの初恋だったのだと思う。
 そんな私も、もう大人になって忙しなく働く年齢になった。色んな事を経験して、社会に揉まれて大変な思いをしつつもお一人様を謳歌していた⋯⋯そんな時に、昔馴染みから彼の訃報を知らされる。

 そうして1つ思い出したことがあったから、訃報を聞いた日の週末に実家へと帰った。
 両親は驚いていたけど、私は曖昧に返してさっさと自室へと向かいクローゼットの奥にしまったクッキー缶を取り出し開ける。
 そこに詰まっていたのはたくさんの手紙。私は伝える気がなかったけど、それでも募る思いを吐き出す場所が欲しくて⋯⋯何年も彼宛に書き連ねた手紙だった。
 懐かしくも少し恥ずかしい気持ちになりながらも、一つ一つ開封して読み返していく。
 それは酷く拙い文章で書かれた恋文(ラブレター)だったけど、それを読み返す度にあの日々が昨日のことの様に鮮明に思い出せた。
 読み返す度にどうにもむず痒い感覚はあるけれど、本当に好きだったんだと今も思える内容だった。だからこそ、彼の訃報を聞いて⋯⋯これを供養してやろうと思ったのだ。
 もう決して届かない手紙。でも、あの時の私の気持ちがたくさん詰まった大切なモノだから―――このタイミングで私の気持ちごと全部燃やそうと決意する。

 本当は会えなくなった今でも忘れられなくて、でももう叶わないってわかってたから、何度もこの気持ちを捨てようと思ってた。それでも出来なくて、違う人を好きになろうとしても彼を思い出して比べてしまう。
 今までお一人様だったのも、初恋を拗らせていたから。
 あの日もし気持ちを伝えていたら全部変わったのかなって何度も思って、その度に手紙を書いていた。
 その日々を終わらせるために実家から離れて、仕事に没頭し考えないように日々忙しなく過ごしていたのに―――いつまでも彼は私の中から消えてくれなくて⋯⋯そんな矢先に聞いた訃報だったから、これを気に全てを燃やそうとここまで来たのだ。

 季節は秋。食べ物が美味しい季節であり、それを口実にするためにしっかりとさつまいもと⋯⋯ついでにマシュマロも買って偽装は完璧。
 私は早速、両親に焼き芋作りたいって口実で庭を借り、缶の中の手紙と⋯⋯昨日新たに書き綴った彼への最後の手紙を持って、庭先に落ちた枯れ葉と枝で火を起こし、少しずつ手紙を燃やしていった。
 アルミホイルに包んださつまいもを中に入れコロコロ転がしながら、合間に手紙を焚べつつ逝去した彼への祈りを捧げる。
 手紙を全て焚き火に入れ終わったら、今度はマシュマロを串に刺し、焼いて食べながら焼き芋が出来上がるのを待つ。

 ゆらゆらと炎と共に、少しの灰が舞う。天へと昇るようにひらひらと。
 もう死んでしまったから、きっとこの手紙が彼に届いても時効だろうと―――そんな事を思いながらその炎を見つめていた。
 そうして全てが灰になった頃に焼き上がった焼き芋を両親と分けながら食べる。
 そのまま燻り続ける初恋ごと飲み込んで、全てなかった事に出来る事を祈りながら⋯⋯その日は実家に泊まって、昔を懐かしく思いながら眠った。

 次の日には両親にお礼を言って帰ったのだが、その翌週。
 今度は両親から呼ばれて実家に帰る羽目になる。
 家に着くと知らない夫婦がリビングに居て、私は会釈するとお母さんの隣に座った。
 端的に言うと⋯⋯この夫婦は彼の両親であり、遺品を整理していたら出てきた物を渡しに来たのだという。
 正直、そこまで仲が良かった訳では無いので、私宛の物がある事に驚きを隠せない。それでも、せっかくなので受け取るとそれは少し色褪せた手紙だった。
 気になった私は許可を得て、その場で手紙を読み進めていく。
 読んでいく中で、段々と堪えられなくなって⋯⋯それでも涙で手紙を濡らさないように、注意しながら最後まで読んだ。

 それは十数年越しの恋文(ラブレター)。
 上手く喋れなくて、今まであまり話せなかった事への後悔と、私のどんな所が好きだとか。あの日私と2人で作業出来て嬉しかったとか⋯⋯そういう事がたくさん書かれた手紙だった。
 2人して同じ様な後悔をしていたみたいで、泣きながら笑ってしまう。
 せっかく先週燃やしたのに、結局違う形で帰ってきた私の初恋は―――ともすれば、私が死ぬまで終わらないらしい。
 いや、もしかしたら⋯⋯死んでから、はじまる初恋なのかもしれない。なんて馬鹿な事を思うくらいには、衝撃的な出来事だった。

 気持ちを捨てたくて燃やした手紙の行方は、きっと彼の腕の中。
 彼が出したくても出せなかったその手紙が、あの手紙への返事なのだと勝手に思いながら―――私は今日も、あの日の初恋に振り回されながら生きていくのだった。

2/18/2025, 5:26:51 PM