Kanata

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「先生の命の幕閉じを、私に委ねてくださいませんか。
情死より、自決より、もっと扇情的で焦がれる様な、どんな物語より残酷な様な、貴方様の理想の死を、このしがない青年が、全てをかけて演出しようではないですか。   

幾多の人間の血が溢れ滴った様なあの花も、年季の入った劇場の床板の様なあの棺も、例え足が擦り切れ爛れても探し出し、全て整えましょう。
貴方のその角張った掌を優しく握りしめ、指先のその紅い火照りが消えるのを一時も残さず見届けましょう。
貴方のその愛おしい吐息の途切れる音も、
貴方のその内傷に悶えた少年の様な泣顔も、
全て身に刻み、背負って、後世まで苦しみましょう。

ですから、ですから今日は、何ひとつ舞台道具の揃わない今日は、後味の悪い安酒でも嗜んで、しけった畳の匂いに蝕まれて、共に悪夢を見ようではありませんか。

僕は、貴方様がいれば悪夢など、
刺繍針の一差しにも及ばないのですから。」
 

そう言って目を細めた彼の小指の温もりが、徒花によく似た彼の全てが、私をこの世に貼り付けて離さないのだ。
私は、掬いきれなかった花弁の言の葉を、この身が枯れるまでひしと抱きしめていなければならないのだ。 

こんな酒一つで彼から逃れられるほど私が正気でないことを、夜が来る度、嗤っては泣く。湿る縁側で項垂れた死に損ないの瞳を桜の波が横目に嘲笑って地に落ちた。
夜明けは未だ、当分先である。


2026/02/27【現実逃避】

2/27/2026, 11:34:49 AM