【行かないで】
私を好いてくださるのなら、私を寂しくさせないでください。
私は、あなたのことを否定したりは致しません。
あなたが過去のひとにひどいことをされていたのは存じております。
私は、何処か不安定で、優しい貴方の事が好きなのです。
あなたになら、私、何されても許すことができると思います。
あなたなら、何をしたって、どんな罪を犯したって、間違いをしたって、愛せます。
いつだって、抱きしめて差し上げます。
だから、遺書を書く手を止めてください。
大量に飲んだ薬を、吐き出してください。
こんなときだけ、愛してる、なんて、言わないでください。
私は、貴方の哲学を愛しています。
また、貴方の話を聞かせてください。
顔色が、悪くなってきました。あなたの顔は、血色を失って、涙と鼻水でぐちゃぐちゃに汚れて、そのままだと、きっと不快でしょう。
私の服で、顔を拭います。服が汚れることなんて、一切気にしません。
そして、あなたの口に指を差し込み、無理矢理に吐かせます。
出てきたのは、薄い胃液と、あなたがいつも飲んでいる睡眠薬。
一瓶も飲んだら、死んでしまうでしょう。
ほとんど、消化してしまってるじゃないですか。
あなたのことだから、私を生かして、一人だけこっそり死のうと考えたのでしょう。
ずっと、私と一緒にいると約束したのに。
…意識を、失ってしまわれました。
119番、かけないと行けませんね。
スマホ手に取り、1、1、9、と 番号を押します。
そして、ふと気づいてしまいました。これは、あなたが本当に望むことなのか、と。
台所から出刃包丁を持ち出し、あなたの首に突き立てます。
包丁はかんたんに首に突き刺さり、頸椎にあたって止まりました。
あなたの首からは、夥しいほどの血が飛び出しています。
あなたを殺してしまいました。
涙が止まりません。
自分で殺しといて、あなたとの楽しかった思い出ばかり考えてしまいます。
そして、私の口からは、
「行かないで…」
と。最低です。
喉の奥に苦しさを感じながら、あなたを刺した包丁を、首元に当てる。
直ぐには死ねないかもしれません。
それでも包丁を強く押し当てていき、鋭い痛みと、たらたらと血が流れるのを知覚します。
先に行かれてしまったのは残念ですが、私も、直ぐについていきますから、だから…。
私を置いて行かないで。
終わり。
最初は友達と山登りに来ていた女の子が友達に置いてけぼりにされて「行かないでーーー!!!」って言うお話を書こうと思ってたんですけど、思っていたよりも暗くなってしまいました。
10/24/2022, 1:11:57 PM