NoName

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平成五年、六月十四日。
その日も濡れそぼった目で、彼を見ていた。
雨音がしとしとと傘を叩いた。
夏物の上着が、寒いくらいの肌寒さだった。
運命の人、貴方はまだ二十五歳で、私は二歳だった。
でも、十八歳の姿で私はここに私はいる。
雨がっぱを着た、リクルートスーツ姿のあなた。
あなたは私の知っているあなたより、ちょっとだけ若い。右手の腕時計を気にしていて、ズボンの裾が雨に濡れるのを気に病んでいた。
私は、紺色のセーラー服を揺らしながら、ブレザーのリボンが憂鬱になびくのを、見ている。
風が舞った。
リクルートの資料が、私の足元に飛んできて、思いがけず、私は足元を確かめた。
「ご、ごめんね」
「い、いえ」
ちょっと照れる。
私があなたを見送ったあと。
あなたの後の仕事は、私が引き継いだのだと、雲の切れ間に呟いた独り言は、六月の足音に、流れて消えた。

7/22/2023, 10:17:18 AM