川柳えむ

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 久しぶりにその場所を覗いてみた。
 あぁ、まだちゃんとそこにいてくれたんだね。懐かしいなぁ。
 心の中でそっと呟く。
 そこは変わらない。何も変わらない、進まない。でも、それでもいい。まだそこにいてくれるだけで、それだけで構わない。そこだけ時が止まったように。

 あ、あの人……。
 似ている人を見かけた。別人かな? もしかして、本人かもしれない。どうかな。どっちだろう。
 考えても仕方ない。
 そっと見ているだけで、声をかけてみる勇気もないし。でも、もしもあなただったら。まだ元気でいてくれたなら、それだけで嬉しい。

 ……消えた?
 そうか。もう随分長かったもんね。お疲れ様。
 何もなくなった、存在すらなくなったその場所。そんなに期待はしていなかった。だって、まだ存在している方が奇跡だったから。

 ――でも、寂しい。
 さよならすら告げずに、みんな消えてしまった。
 さよならは言わないで。消えないで。置いていかないで。ずっとそこにいて。――などと都合の良いことは言えない。だっていつからか、ずっと遠くからあなた達のことを眺めるだけになってしまっていたから。自分だけの庭で、元気でいてくれたらなと願っていただけ。
 気付けば、自分だけそこに取り残されてしまっている。少しだけ姿を変えて、でも、大きく形は変えないで。自分はまだここにいる。ここでずっと待っている。
 静かな時を過ごしながら。いつか誰かが見つけてくれる。そんな時を待っている。自分だけの庭で、たまに誰かが顔を覗かせるのを待っている。


『さよならは言わないで』

12/3/2023, 10:50:21 PM