薄墨

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「梨が時期物だったこと、すっかり忘れてたわ」
ざらざらとした、ほんのりと赤い黄褐色の皮を剥きながら、彼女は言った。

梨を剥く彼女の包丁の、するりとした刃音を聞きながら、根菜煮に入っていた蓮根をつまむ。
しん、と残った固さが、しくしくと歯に楽しい。
「秋はこの時期にしか食べられないような旬が多すぎて困るわ。まだ栗もしてないし」
器用に刃を滑らせながら、彼女が呟く。

いびつに丸いにんじんを箸で割る。
ほこほことした根菜煮は、深くて濃い秋の味をしている。
しめじと割ったにんじんを箸先で摘んで、口に入れる。
口をすぼめて、猪口に口をつける。

「梨も柿も、水分たっぷりだから、お酒好きのあなたの食後に、丁度いいわ」
彼女の手元で、梨はもう半分皮を脱ぎ捨てて、白くぬめらかな肌を外気に晒している。
私は、秋を口いっぱいに頬張ったまま、ゆるく頷く。

「私、あなたがお酒を飲んでいるところが好きよ」
つるり、と梨の皮を切り離して、彼女はふわりと微笑んだ。
どう答えていいか分からないことを、口の中に含んだ秋の食材たちのせいにして、私は沈黙する。
喉がごくん、と音を立てる。

まるで、私の心の内を見抜いたように、彼女は目を細めて、ゆったりと笑う。
さっき感じた照れや愛しさや決まりの悪ささえも伝わってしまったような居心地の悪さを感じて、思わず口を開いてしまう。
気の利いた返事も思い浮かばないのに。

「…ありがとう」
結局、出たのは、よく分からない返答だった。
しかし、彼女は満足そうに、笑みを深くして、にこにこ私を見つめる。

それから彼女は梨を切って、皿に並べる。
熟れた赤い柿と、みずみずしい白い梨とが、小鉢の中に寄り添っている。

「私、あなたが食事しているのを見るのも好きよ」
彼女が微笑む。
その好意を素直に返報できない私は、やはり挙動不審の仏頂面で、蓮根を口に入れる。
彼女が愛おしそうに笑う。
爽やかで健康的につややかな梨のように。

私は、蓮根をかじる。
私も彼女のことをいつか見通せるほどになりたいと、願いながら。

そんなことすら知っているかのように、彼女が笑う。

秋の長夜は、ゆっくり更けていく。

10/14/2025, 1:54:11 PM