過去は常に現在に上書きされて、いつの日か風化して色褪せては忘れられてゆく。
時折は思い出すこともあるけれど、当時の感情も情景もすべてが思い出として補正されて 消化され消耗されて、そのままの形として残ることはありえない。
辛かった日々すら青春とか良き思い出とか今に繋がる必要だった苦労だとか、そんなお綺麗な言葉で飾り立てられてまるで宝物のように鑑賞される。現在の娯楽へと成り果てる。それが他人であればなおのこと。体のいい嗜好品へ早変わりだ。
(前を向け。俯くな。視界は広く 空を見上げて)
足元を見てはいけない。蒼穹の下で己の周りだけに謎の雫が落ちてくるから。水は蒸発したとしても その痕跡を残してしまうから。だから、上を向け。
ただ、青く果てしなく広い空を。流れる雲を。眩い光と、今にも消えそうな白い月を。その壮大さを、自由さを、輝きを、健気さと気高さを。目に焼きつける。
(美しくあれ。誇り高く清らかに)
己という商品を簡単に浪費させるな。そう言い聞かせて表情を作る。普段通り、いやそれ以上に、魅力的な自分を。
弱さは寄り添える相手にしか見せてはいけない。友情というインスタントなビジネスライクには絶対に。弱い自分自身は心の奥底で揺籃で揺蕩っていればいい。例えその場所が涙の海を作ろうとも、表に出しては生き抜けない。それが、ある種の閉鎖空間的な学びの園のルール。
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テーマ:【涙の跡】
7/26/2025, 3:39:32 PM