→短編・風鈴丘
夜、ひと気なく静まり返った風鈴丘に、一面の花風鈴が咲いている。
透明な花びらに様々な差し色が美しいスズラン科の花だ。
丘を渡る夜風に、花々はチリンチリンと涼しげな音を鳴らす。
この丘に名前がなかった頃のこと。
一組の夫婦が一輪の花風鈴を植えた。
毎年一輪ずつ増やしてゆこうと二人は決めた。
慎ましい生活での唯一の贅沢であり、夫婦の絆の証でもあった。
「心豊かなご縁が続きますように」
花風鈴の花言葉である「繋がる」にあやかった願掛けだった。
毎年毎年、花風鈴は数を増やしていった。
花の数が増えるように、夫婦も家族を作った。
丘を訪れる人々と共に、夫婦家族も花風鈴の音楽に耳を傾けた。
時が過ぎ行き、年老いた夫婦に代わって、その役目は子どもや孫へと引き継がれた。
花風鈴は丘を埋め尽くすほどに増えていった。
やがて家族は一族へと拡がり、夫婦は色褪せた写真にその姿を残すばかりとなった。
一族の誰かが丘を買った。
風鈴丘と名付けられたのはその頃だ。
現在、風鈴丘への立ち入りは有料である。
丘をぐるりと囲む高いフェンスが侵入者を見張っている。
写真映えするスポットとして有名で、多くの観光客が忙しなく往来する。
花風鈴を管理するのは専門の園芸業者だ。
所有者一族は遠い都会へと引っ越していった。
夫婦の想いは、まだ風鈴丘に残っているだろうか?
テーマ; やるせない気持ち
8/24/2024, 6:04:32 PM