はた織

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 彼女が指差す方向には、梅の木があった。背の低いフェンス越しにある梅の花は満開である。黄色のフェンスの存在をかき消す大きな花びらは、紅白桃の三色に彩られている。
 彼らが近づいてみたら、甘酸っぱい香りが漂ってきた。いくつかある梅の木は、一箇所にまとめて植えられている。接木の跡がない。何度も春を迎えた結果、三色の梅の木が混じり合って、多彩な花びらを咲かせたようだ。白と桃を咲かす花びらがあれば、桃と赤に花開く梅もある。
「赤と白の花はあるかな?」
「源平が一緒になれる訳ないだろう」
 梅の木は、ちょうど彼女の身体の大きさと同じだ。幅も彼女の両腕を広げた分である。
 そんな小さな木に咲く花びらを隈なく見回したが、赤と白の梅の花を見つけられなかった。フェンスを越えた枝先には、三色の梅の花がそれぞれ咲いている。彼女は手を伸ばして花を触った。「子どもの髪の毛のように柔らかい」とはしゃいでいる。
「何十年も交配されてまだ子どもとは哀れだ」
「花にとっては生まれて初めての春だよ。大事にしてあげないと」
「散ればすぐに忘れるだろう」
「想い出の中では咲き続けるよ。想い出せば何度も花開く」
 彼女は自身の胸を指で軽く叩いた。想いは古今東西、人間の心臓の中にあるようだ。手のひら大しかない器に、彼女は無数の花びらの想い出を詰め込んでいるらしい。
「もちろん、貴方と一緒に見た想い出も残るよ」
 更に追加で、長身の彼も心臓の中に詰め込むようだ。
「お前の中で、源平咲きの花が咲くなら残ってもいい」
「じゃあ、頑張って咲かせてみせるよ」
 どうせ記憶違いするだろうと彼は返事しなかった。彼女の想い出の中で都合良く、赤と白の混合色の花が勝手に咲くだろう。そう見くびっていた。だが誤った記憶であれ、幸せそうに見える。
 人に勘違いされて殴られるような人生を送った彼だが、死にはしなかった。生きたいという気持ちが、彼を生かした。紅白の花も咲かせたいと気持ちを込めれば、いつかは本物になるかもしれない。
 女は梅の木の前で微笑んだ。いつも白い頬にかすかな血色が帯びている。
               (250328 小さな幸せ)

3/28/2025, 1:44:55 PM