サイコロ

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―どこにも書けないこと―

私は、努力している人を見ると、吐き気がする。 

拍手も称賛も、全部、うるさい。 

「頑張れば報われる」

そんな顔で立っているのが、どうしようもなく気に入らない。

努力なんて、才能の言い換えだ。 

そう思わないと、やっていられなかった。
時間を使える余裕、信じ続けられる心、折れても立ち上がれる強さ。
それを全部を持っているくせに、「続ければできるようになるよ」なんて言われると、
胸の奥で何かがぐちゃりと潰れる。

私は、努力できない。 

正確に言えば、
努力しても、信じられない。
続けた先に何もなかったとき、
自分が完全に空っぽだと認めてしまう気がして、
最初から本気になれない。

だから、途中でやめる。

途中で諦める。

「本気じゃなかったし」と、逃げ道を残す。
それなのに、
本気で走り続けて、
ちゃんと結果を手に入れる人を見ると、
なぜか裏切られた気分になる。

ずるい。

本当に、ずるい。

私が守ってきた言い訳を、
あの人たちは、何も言わずに踏み越えていく。
汗を流して、歯を食いしばって、
私が避けてきた場所に立っている。 

嫌いだ。

尊敬なんてしていない。

ただ、自分が惨めになるから、

視界に入ってほしくないだけだ。

それでも私は、
努力する人の失敗を、心のどこかで待っている。
「ほらね」と思える瞬間を、
密かに、卑しく、期待している。

私は、もう努力しない。 

諦めたのではなく、選ばなかっただけだ。

頑張らない理由を並べるのも、

誰かと比べて傷つくのも、


全部、疲れてしまった。


あの子と一緒にコンクールに絵を出すとき。
あの子は
“めんどくさい”
“センスないから無理”
“◯◯は絶対入賞するじゃん。絵うまいし。”

そう言うあの子の絵はいつも輝いていて、

惹き込まれる魅力があって、

それなのに。

謙遜して。

心から私はあの子の絵を好きだと言っていたのに。

踏み躙られたような気がした。

否定されたような気がした


結果は、















あの子だけ入賞して、私だけ外れた。











先生は、あの子を褒めた後、

“◯◯さんだけ入賞したけど◯◯さんも県の審査までは入っていたと思うよ。”

そう言って。

慰めてるつもりか。

情をかけているつもりか。


先生の隣で、あの子は謙遜しながら喜ぶ。


私は。
それを横目に。
先生の言葉を遮るように。
背を向けて別の友達と喋り出す。
先生とあの子の声が聞こえないくらいに。
いつも通り明るくうるさく友達と一緒に喋る。
それなのに先生とあの子の声が後ろからよく聞こえる。
私が誘わなかったら描くことすらしなかったくせに。
私はちゃんと期限の数日前に先生に出したのに。
ちゃんと出した私の前で完成していないと。
それなのに正直に言わずにズルをして。
あの子は忘れたと先生に嘘をついて。
あの子は1日遅れて出して。
それが先生に通って。
許せなかった。
なんで。

一瞬で今までにないほど言葉が浮かんだ。

もう嫌だった。


疲れた。
 




伸ばせるはずだった手を下ろして。 







可能性という言葉から目を逸らす。










夢も期待も。












最初から持たなければ失わずに済む。















走り続ける人たちの背中をもう追わない。


















追えなかった自分を、これ以上責めもしない。






















私はここで止まる。




 









努力という選択肢を、















静かに、意識的に、捨てる。
















何も変わらない明日を受け入れて、
















何も起こらない今日を繰り返す。


























どうせ無理だし。
















題名:【選択肢も結果も2つのみ。】





 






2/7/2026, 12:57:01 PM