千冬

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「珈琲」(即興フィクション)


 「う…っ、」
 思わず、むせてしまった。乾いた咳が引き起こされる。喫茶店や、職場にいる人々は、これをどう飲んで、美味しいと言うのだろうか。
 コップに入った珈琲を、見詰める。ベッドの横の、窓を開けて居たので、感じていた、そよ風が止み、珈琲の波紋が凪いで、自分の顔が映る。そうして直ぐに、また、ひと口、飲む。吐き出さない様に、零さない様に、しっかりと、マグカップの持ち手を握って。
 私は今、ただの憧れで、珈琲なんかを飲んでいる。それも、普段なら寝ている夜更けに。案の定、目は冴えるし、苦いし、不味いし、散々だ。正直、少し、後悔している。
 私の憧れている人は、いつも、眠れない夜に、珈琲を飲むのだと、言っていた。余計に、眠れなくなるのではないかと、聞いてみた日には、眠れないのを、珈琲のせいに出来るから、それで良いんだよ。なんて言われて、少し、心配になった。
 毎日毎日、彼は、飲んだ珈琲の豆の話を、していたから。
 私が今飲んでいるのは、彼が、話していた豆の中で、一番、最近の物だ。これが、本当に、苦い。より、カフェインの強いものだと、言っていた。
 ほんの少しずつ、着実に、飲み進めていた。飲み始めの頃に見つけた星座は、もう、沈んでしまった。熱さで誤魔化されていた苦味も、徐々にあらわれてくるのだが、それが大変辛かった。けれども、牛乳や砂糖は、入れない。彼が、入れない派だったから。
 息を止めて、一気に、流し込むけれど、苦いものは、苦かった。
 もう、晩御飯より、朝ごはんの方が、近いくらいに、夜が更けていた。けれども、飲み終わるのには、もう少し時間がかかりそうだった。
 夜の味がしたから。眠れない夜の、涙の味がしたから。
 揺れる珈琲が、また私を映していた。

 不味いじゃん、と、上の方にある星に向かって、呟いた。






#2


「旅は続く」を書きたかったのですが、明るいお題は苦手です…。

9/30/2025, 3:24:58 PM