ー自己愛ー(同情)
真っ白い病室に、彼はいる。
窓もない部屋で、一人きり。
私は彼に会う権利をもらっている。
あたしだけの彼。
彼はあたしが病室に入ると、こっちを見てニコっと笑う。
それがたまらなく嬉しいんだ。
彼の特別。
あたしにとっての特別。
好きが止まらない。
「元気?」
あたしは小さく聞いた。
「元気、今日も来てくれるんだね。僕が入院してからずっとじゃない?」
「だって心配だから」
そう言って、本を取り出す。
本が好きな彼のために買ってきたのだ。
「これ、読みたがってたやつ。暇でしょ?」
「ありがとう、嬉しいなぁ」
彼は、本を受け取り、静かに開いた。
ペラッ
ページをめくる音が響く。
あたしは彼を、じっと見つめた。
白い肌に、しなやかな手。
病服の隙間から見える皮膚に、骨が浮いていた。
「ちょっと痩せた?」
「え?」
彼があたしを見る。
長いまつげが、蝶のように上下した。
「痩せたように見えたの。きっと気のせい。毎日見てるのに、変な事言った。ごめんね」
「ううん、全然!そっか、昨日より痩せてるように見えるか…。……実はさ」
彼は栞を出して、本に挟んだ。
あたしのあげたものだ。
「病気の特効薬が見つかったんだって」
「え!?……そうなの?」
思わず荒げてしまった声を隠すように静かに聞いた。
少し恥ずかしい。
「ふふ。うん。当分先にはなるだろうけど、絶対治るからって」
「な、なんで言ってくれなかったの?」
「え、だって、治るとしてもまだ、半年はかかるって言われたから…。それと、サプライズしたくて…」
「なんだぁ。言いたくなかったのかと思った。そうなんだ。良かった、嬉しいね。ほんとに…」
あたしは少し、言葉に詰まった。
胸に何かが広がる。
嬉しいけど、なんかなぁ。
目の前にいる彼が急に、くすんで見えた。
さっきまであんなに、輝いてたのに。
誰とでも会えるようになったら、私は特別じゃなくなるんじゃない?
……というか、治っちゃうのか。
病気。
あたしは彼を見た。
そこにはちゃんと彼がいた。
でも、
輪郭が違う気がする。
そう感じた時、あたしの中で何かが消えた。
あたしは立ち上がる。
「なんか、冷めちゃった。ごめん」
「え?」
「ごめん。分かんないけど、なんかちょっと…」
彼は不安そうな顔をしている。
あたしは言った。
「あたしたち、もう終わりね。本はあげる。ごめんなさい。気が向いたらまた顔を出すわ」
彼は、何も言わなかった。
彼にとっての特別は、あたしではなかったのかもしれない。
呼び止めてこなかった彼のもとに、あたしが再び足を運ぶことはなかった。
―――――
俺は一昨年から、原因の分からない病気に苦しめられてきた。
そんな俺に同情してくれたのが彼女だった。
去年から病室にいる俺。
一人なら面会してもいいと言われた時、俺は彼女を選んだ。
彼女は毎日様子を見に来た。
彼女は俺の事を気にしてくれる。
でも、彼女の心が俺にないことは気づいていた。
「ちょっと痩せた?」
「え?」
「あ、ええと、痩せたように見えたの。きっと気のせい」
薬のせいか。
俺は、ここで、彼女に言うか言わないか、少し迷った。
病気が治ることが分かれば、彼女はきっと離れていく。
俺も優しくされることが嫌だったわけではない。
でも、そろそろはっきりさせるべきだと思った。
そもそも俺たちにの間に恋愛感情はない。
「……実はさ、病気の特効薬が見つかったんだって」
「え!?」
彼女は大袈裟に驚く。
そして、「良かった、嬉しいね」と言った。
彼女は少し、眉を下げた。
そして、立ち上がる。
「あたし、病弱なあなたが好きだったの。そして、あたしはそんな自分が…」
彼女は言い切らなかった。
悲しそうに目を伏せる。
「あたしたち、もう終わりね」
彼女はそう言って病室を後にした。
俺は、大して好きでもない本を持ったまま、暫く扉を見つめていた。
――――――――――――――――――
えー、日付が変わりました。
……二人の視点で見えていることが別々なのを意識して書きました。
流石に、「彼」の一人称を変えるかは迷いましたが…。
おやすみなさい。0:30
2/20/2026, 3:30:12 PM