「不完全な僕」
のろのろと自転車を押す。自転車なのに歩いている人に追い越される。もうこのまま帰りたい。
初めて自分の気持ちを自覚した日から僕はおかしくなった。体育の授業に向かっていた。運動は苦手だ。ぐずぐずとジャージに着替えお腹痛くならないか、頭痛くならないかなどと考えながら、お腹も頭も何ともなくて途方に暮れる。
前を歩く貴司の背中を見ていた。周りの連中と話しながら、時折横顔を見せる。クラスの中でいじめられないのは貴司のおかげだ。暗くてとろい僕は明らかにクラスになじんでいない。
貴司とは物心ついた時にはすでに仲良しだった。同じ病院で生まれ誕生日も同じ。母親同士が仲良くなり、気がつくといつも一緒にいた。この高校に受かったのだって、貴司が勉強を教えてくれたからだ。勉強もスポーツもでき、人柄もいい。貴司の周りにはいつも人が集まってくる。
授業の始まりを知らせる鐘が鳴る。前を歩いていた連中が一斉に走り出す。が、一人だけ戻って来る。貴司だ。
「櫂、遅れるよ」
戻ってきて僕の手を取って一緒に走り出す。2列に整列した後ろの端に滑り込んだ。
「間に合った」
貴司が眩しい笑顔を向けてくる。思わず手を離して顔をそらした。やばいやばい、この顔を見られるわけにはいかない。きっと赤い。
貴司に感じる感情に名前をつけたくなかった。今まで通りがいい。そう思えば思うほど、どう振る舞えばいいのかわからなくなる。
「櫂、一緒に帰ろう」
「ごめん、用事ある」
用事なんてない。一緒にいるのがつらいだけ。図書室に行って時間をつぶす。ちょうどいい。物理のレポートを仕上げてしまおう。夢中になっているうちに下校時間になった。
暗くてとろい不完全な僕だけど、神さまは慈悲深い。物理を僕に与えてくださった。貴司への想いを全部ぶつければ、貴司を忘れられるだろうか。貴司のいないところで何者かになれるだろうか。
9/1/2024, 7:58:36 AM