神様へ
──────
見た。
雫が一滴、瞳に落ちる瞬間を。
決して、瞳から、ではない。決して。
冷たい風が残る初春。
露の残る薄紫の朝。
彼女の瞳は落ちた雫で潤んでいる。
『何よ、何を見ているのよ。あなた、私を見て、何を思ったのよ。次、あなたの視線を感じたら容赦しないわよ』
彼女はくるくるとキャップの蓋を閉めながら瞬きをした。
けれども、私は返事をするすべを持たない。
ただ揺らいで浮かぶ雲のような季節だから。
『でも、まあ、あなたは"視る"のが仕事ですものね。だから、よ。一回だけ許してあげるのよ』
特別よ、と柳のような手で私をふわふわした。
柔らかで冷たい手は私の輪郭をはっきりともにゅふわできる唯一のおてて。
『じゃ、私はここにいるから。あなたもちゃんと人間どもを見るのよ。私もちゃんと見てるから』
そう言って私をぽいと宙に向かって放り投げた。
そのまま私は春になる。
暖かい風をまとって、世界中に春を吹く。
桜を吹雪いて、ミモザを揺らして、白蛇たちに挨拶を。
私は春です。
世界は、春です。
はる、うらら。
神様への手向けに、人々の喜びを。
4/15/2026, 2:08:23 AM