おくりびと

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《君と一緒に》
「貴方は雪城という男をご存知ですか」
そう突然声を掛けられた。
私はその人を知らなかったので、いいえ。と答えたのだが。
その時不思議と感じた懐かしさと、問いかけた人の一瞬歪んだように見えた顔を、何の意味をもたないこの出来事を、私は忘れられずにいる。




一つだけ頼みがある。
とある男《ヒーロー》に男が今から命を奪う男《ヴィラン》がそう言った。
「どうか俺の宝物のしあわせを願ってやってくれ」
男《ヒーロー》は当然断ろうと思った。
今まで散々こちら側のしあわせを踏みにじっておいて、そんな虫のいい話はあるものか、と怒りさえ感じた。
だが、男《ヴィラン》の所業を思い出すうちに、ふと既視感を覚えた。
そして、気がついた。
この男《ヴィラン》と自分は傍からみれば変わらないことを犯してきたということに。
自分にはこの男を罵る資格などなかった。
このことに気がついた衝撃により、しばらく男は何も話せなかった。
が、男《ヴィラン》が聴覚を失う寸前で辛うじて「わかった」と返すことが出来た。
男《ヴィラン》は承諾されたことに目を僅かに動かし、
さっきより柔らかい顔で動かなくなった。
男《ヒーロー》は男《ヴィラン》が事切れた後に、紙を握りしめていることに気がついた。
その紙は、写真だった。二人のありふれた日常でしあわせそうに頬を寄せ合い笑う男女が写っていた。
片方の男は今目の前で自分が命を奪った男だ。
別人と見間違える程に、柔らかな表情をしている。
とてもしあわせそうだった。
もう片方の女は、男《ヒーロー》には見覚えがなかった。
平凡でありふれたような柔らかな雰囲気の落ち着いた様子の女だった。
男《ヒーロー》は、今からこの女を地獄に落とすのだ。


写真の裏に、わすれてくれ、という乱雑な字が書いてあった。
これが願いを叶えることなのだろう、と直感が告げていた。
そして男《ヒーロー》にはその願いを成し遂げる術があった。
男《ヒーロー》は、約束は守る男であったので、どれだけやるせなくても、叫び出しそうになっても、やり遂げることにした。
でも、あまりにも写真がしあわせそうだったから。
それを丸ごと揉み消すことが出来る程、男《ヒーロー》は大人ではなかったので、女に写真を見せて話しかけた。
「俺、この男を探しているんですけど、ご存知ですか?これは、貴女のように見えるのですが」
突然話しかけた不審な男にも関わらず、女は応じてくれた。
女は語る。
男《ヒーロー》が知るはずもない一面を。
女にとって男《ヴィラン》こそがヒーローだった。
女が語る優しい思い出の中の男《ヴィラン》は正義感がつよくて、誰にでも優しくて、まるで貴方みたいな男だと、そう言った。
男《ヴィラン》は突然消えたらしい。
あいしてると一言残して。
女はずっと待っているらしい。
同じ写真をロケットペンダントにして持っていた。
「名前も教えてくれなかったし、私も教えなかった。
それでも、私たちはしあわせなの。」
そうロケットペンダントを握り微笑む女に、男《ヒーロー》は何も言えずに、「素敵な方だったんですね」とだけ言った。
その言い方に、女は息を詰める。
男《ヒーロー》は失言を悟った。
女は涙を流してただ一言。
「あの人の名前を教えてくれませんか」


男《ヒーロー》は、深夜零時にこの世界から一人の男女のしあわせな一時を消し去ることにした。

このしあわせな日々の欠片を知っているのはとある一人の男だけ。

1/7/2026, 7:17:26 AM